La Boîte à musique

プロイセン芸術アカデミーで作曲を教えていたシェーンベルクは1933年に公職を追われ、同年アメリカに亡命した。亡命先でも教職につき、翌年にケージが弟子入りした。弟子入りのとき「音楽を書くためには、和声の感覚を持たなければならないが君には和声の感覚がない」とシェーンベルクに言われ、本人も全く持っていないことを認めた。

西洋音楽がグローバル化したので、西洋的和声が普遍的なものと錯覚してしまうが、和声感覚はヨーロッパの地域的で独特なものであることを、この頃実感している。このような文化で出るべくして出たのがオルゴールだった。

現在のオルゴールの大半は工業的に生産され、数の上ではサンキョー(現日本電産サンキョー)、伝統の上ではリュージュ社(サン・クロワ、スイス)が圧倒している。
今年はオルゴールが発明されて220年、昨年はリュージュの創設者シャルルが製造を始めて150年と重なったためか(なぜかスイスではなく)フランスから記念切手が発行された。


Timbre 2015, France

リュージュ社のオルゴールのなかで気になっているのが「カルテル・サブライムハーモニー」Cartel Sublime Harmony と名付けられた製品で、特にその名前の由来についてだった。そこで Cartel について Larousse や Dictionnaire de l'Académie française で調べてみると、時代順に騎士の武器を飾るモットー入りプレート、騎士の挑戦状、時計の装飾または時計そのもの、壁面装飾、企業協定、企業連合などで、最後の意味は19世紀にドイツ語から加わった。目的のオルゴールに関連する意味は見いだせなかった。ふと Carillon の縮小形ではないかと思い調べていくと、結果的にそうではなかったが代わりに le type cartel dont le barillet est parallèle au cylindre ; il tient son nom du fait que dans les premiers temps, il était placé dans les socles de pendules appelées « cartel ». Par extension, le mouvement à musique a gardé ce nom. という一文を見つけた(wikipedia.fr)。Cartelタイプの時計に入れたことが始まりらしい。


Cartel(装飾)


カルテルタイプの時計 Musisque grand cartel d'époque Louis XV
Denis-Frederic Dubois, Paris, c.1765-70


櫛歯になる前のシリンダーオルゴールが組み込まれている

演奏機械としてのカルテルを調べてみると19世紀前半に遡り後半にはスタイルが固定されたようである。20世紀に入るとオルゴールそのものが衰退するのにあわせて消滅、1980年代にリュージュ社が往年の技術を復活させた。これが現在のカルテルで、他では生産していない。ただしリュージュ社の呼称「カルテル」は19世紀的な定義と必ずしも一致しないかもしれない。


オルゴール切手のドキュマン、バックにカルテルタイプが印刷されている


ドキュマンの裏はリュージュ製品の分解図

リュージュのカルテルの特徴は、櫛歯72弁×2、大型のニッケルメッキされたシリンダー、ねじ巻きではなくラチェット式のゼンマイで、通常は4曲演奏可能である。リュージュ製品にはもう一つ72弁×2のシリーズがあり、そちらはねじ巻き式でシリンダーの直径も小さい。


Cartel Sublime harmony, Catalogue de Reuge

その後、Cartelの詳細なサイトを見つけた。それによると上記のような形態が特徴となっていて、大型のオルゴールに採用されている。


72×2=144弁の櫛歯


巻き上げ用ラチェットとゼンマイが入ったカラム




連結歯車


シリンダー


膨大な数の植え込まれたピン

次いで、Sublime harmony は、直訳すると「崇高なハーモニー」、日本のいくつかのサイトでは「左右に振り分けてステレオ効果を出す」、「同じ調律の櫛歯を複数枚使う」といった記載している。出来るだけ出典に遡りたくてフランス語のサイトを見ていくと、「同じ調律」ではなく僅かに調律をずらした2枚の櫛歯を使って金属的な響きのない滑らかな音を表現する、サン・クロワのシャルル・ペラールによる1874年出願の特許が見つかり、それがSublime harmony の完成形らしい。



「僅かに調律をずらす」感覚がとても興味深い。これで思い出すのがチェリビダッケが変ホ長調シンフォニー(ブルックナー)の冒頭に出てくるトレモロを、隣の奏者と違うピッチで弾くよう指示し、その結果まるで違った効果を得ていたことであった。


高音の櫛歯は振動し易くするため薄くなっている


低音側は調節用の鉛がついている

最近読んだ倍音についての本(『倍音』音・ことば・身体の文化誌、中村明一、春秋社、2010年)で、倍音には整数次倍音と非整数次倍音があり、僅かにずれた音は非整数次倍音にあたる。オルゴールは基本的に整数次倍音が豊かであることは知られているが、サン・クロワの職人はその先の感覚を持っていたようである。和声的にみてもたいへんおもしろいので、セヴラックやミケランジェリも夢中になったのかもしれない。




オルゴール独特の機構


軸受はルビー



100e anniversaire de sa mort

ルドンは大戦の最中1916年7月6日に亡くなった。今日はちょうど100年目。
亡くなる前日にコレクタ―で友人のギュスターヴ・ファイエはルドンを見舞い、手記にそのときの様子を書き残していた。それによると高齢ではあったが本人も周りの人も亡くなるとは思ってもいなかったらしい。



同年生まれのモネくらい更に長生きしていたら、やはり最後まで描き続けたように思う。

続き

ハンス・カストルプが一兵士として戦場で行軍したとき口ずさんでいたのはシューベルトの『菩提樹』だった。

『ポーの一族』は30年くらい前に初めて読み、そのとき巻末に「完」や「終わり」と記されていないことに気付いていた。時を超えたバンパネラの話なので、きっと続編が出るのではないかと思っていた。

その間に東西ドイツが統一、キリアンも髪を切ったのかもしれないと思いながら更に待ち、今年になっていよいよ続刊がでるというニュースがあった。



続刊は前回最終場面の続きではなくて、やや時間を遡った第二次大戦中のイギリス。ここでシューベルトの『春の夢』が歌われるので、冒頭の『魔の山』の場面を思い出してしまった。

程よく昔のスタイルが残り、Intermezzoという感じ。後編はどうなるか。

木があって樹がない

樹をめぐる物語



樹を描いた作品の展示ということで期待したが、展覧会に物語を感じられなかった。
展示されていた大半の絵は、木をみて樹を描いていない。
その中で「ペイルルバードのポプラ」と少数の作品だけが樹を描いた。

ヴィッティングハウゼンの廃墟

ライヒェナウの歴代修道院長リストに Wittigowo という名前があり、2番目の全盛期と共に記憶されている。名前が似ていることからヴィティコー Witiko と関係があるのではないかと思っている。

シュティフターが1842年に発表した『喬木林』Der Hochwald の冒頭に次のような記述がある。

森の娘モルダウの流れを、これまで書いてきたように遠くまで見渡すことのできる地点に、くずれおちた騎士の城がある。谷から見れば空色ののさいころのようで、広い森の帯の上の緑に浮かんでいる城である。……太古の貴族の城で、昔そこに残忍な騎士たちが住んでいたために、今でも魔法にかけられていて、あらしに吹かれようと日光に焼かれようと、何千年にわたって崩れ落ちることができないでいるのだと伝えられている(高木久雄訳)。

『喬木林』はシュティフターの時代から200年ほどまえにこの城に住んでいたハインリッヒ・ヴィッティングハウゼン(ドイツ語でヴィティコーの家)の娘たちのお話で、ヴィティコーの最後の末裔だったのかもしれない。シュティフターが訪れたときは廃墟になっていた。


ヴィッティングハウゼンの廃墟、シュティフター

ヴィッティングハウゼンの城はモルダウの南、ドイツ、チェコ、オーストリア3国の国境に近い森の中で、シュティフターの出身地オーバープラーンにも近い。ヴィッティングハウゼンの城は修復され、Street view で現状をみることができる。


Wittinghausen


上空から、Google map


城の内部、白地に五弁の薔薇はヴィティコーの紋章


城からみるモルダウ、この向こうにオーバープラーンがある

『喬木林』のあと、この城を建てた半ば架空の人物ヴィティコーを主人公にした小説を構想していく。

ヴェネツィアガラスの洋梨

晴れで午後の少しの時間だけ、窓辺にあるガラスの洋梨に陽が射す。
そのとき、洋梨は出自を誇示して輝く。


カフェ・ド・ルトン

ヤマハと山野楽器で輸入ピアノを冷やかした後(国産との音の差に驚く)、おやつ探しにしばらく彷徨うことになった。ピエール・マルコリーニを中心にショコラ通りと呼ばれる通りがあるが、マルコリーニを除いてこの間まであったお店がなくなっている。
これまで入った事のないカフェを発見、当たり外れどちらになるかわからないながら入ってみることになった。

窓がないせいか暗く照明を落とした店内はアンティークに囲まれた前時代的な雰囲気の空間だった。



お茶とバナナクレープを注文、出されたクレープは広がるタイプではなく、きれいにたたまれていた。



時間帯を選べばかなりすいているようなので、当たりのお店だった。

鯛茶漬け再び

連休初日においしいものを、ということで2年前に初めて食べた松江の鯛茶漬けとなった。
松江の皆美が日本橋と銀座にお店を出しているとのことで、今回は銀座を選んだ。場所はヤマハ楽器店隣、ビルの8階で中央通りから一つ奥に入った通りだった。

鯛茶漬けは天婦羅の有無で2種類、松江では鰈の唐揚げつきだったので少しだけ違う。前菜や茶碗蒸しに続いてメインのお茶漬けが登場。


ご飯にして二膳分、中央が鯛のそぼろ


各半分をご飯に載せ、お茶を上からたっぷりかける。

期待を裏切らず、2年前同様とてもおいしいお茶漬けであったが、やはり松江で最初に食べた印象が良かった。量は一見少なめにみえたが充分おなかいっぱいになった。次はいつか日本橋へ。

柏餅

今の季節にぴったりの、つぶあんとこしあん


黒胡麻プリン

今年1月にオープンしたペンギンカフェの人気おやつ、前回は売り切れてしまっていた。黒胡麻の風味が意外と紅茶にもあう。


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