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  • 2019.03.23 Saturday
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上野のフェルメール展

国内で開催されたフェルメール展で最多の8点(11月)が展示されるというので上野まで行くことになった。以前、デン・ハーグでの展覧会をみたことがあり、その時との違いがいろいろと考えさせられた。2018年の東京展と、1996年のデン・ハーグ展(オランダ)と比較してみる。

 

会期

東京 2018年10月5日〜2019年2月3日

オランダ 1996年3月1日〜1996年6月30日

 

オランダ展に先立ち、ワシントンのナショナルギャラリーで開催、歴史的大雪と公務員のストで一時開催が危ぶまれていた。ワシントンでは『牛乳を注ぐ女』と『恋文』は展示されなかった。

 

開館時間

東京 9:30〜20:30

オランダ 9:00〜18:00(会期後半は0:00まで延長)

 

みた日

東京 2018年11月29日(木)

オランダ 1996年3月20日(日)

 

場所

東京 上野(半径500kmに約1億人)

オランダ デン・ハーグ(半径500kmに約2億人)

 

会場

東京 上野の森美術館

オランダ マウリッツハイス美術館

 

フェルメール展会場(1996年)

 

会場の規模は上野の森美術館のほうが大きい。マウリッツハイス美術館はオランダ建国の功労者マウリッツの私邸を美術館として公開、フェルメールやレンブラントのコレクションで知られる。この展覧会のために特設のスペースを作った。入場は美術館裏口から、運河の上に仮設のテントを設け、廊下を渡って本館に入る。

 

会場入り口の仮設渡り廊下(テント)

 

 

チケットと入場規制

東京 2500円(前売り)、タイムスロープ制

オランダ 1200円(前売り)、タイムスロープ制

 

オランダ展のチケットは当時のヨーロッパの美術展としては高めであるが、23点集まっているのだから納得の価格。それと比べると東京展のチケットは22年の開きはあるにしても高い。両展覧会とも当日券が若干用意されている。

入場はどちらもタイムスロープ制を採用しているが、実際に入れた時間は大きく違った。

東京展は11時〜のチケットで11時ちょうどに約100mくらいの列に並び、入れたのは30分後。

オランダ展は11時〜のチケットで11時ちょうどに入口に着き、すぐに入れた。チケットは前日に泊まったホテルで入手。どちらも入ったら閉館までいられる。

 

展示作品

東京 8点(11月現在)

オランダ 23点

 

20世紀に開催された展覧会でもトップの内容。『絵画芸術の寓意』は当時修復中のため展示できず、今回東京展で展示されている『リュートの調弦』もこのときは損傷が激しいという理由で展示されなかった。その代わりバッキンガム宮殿所蔵のため滅多に見ることができない『音楽の稽古』が展示された。

 

展示室

東京 8点の作品を1室で展示

オランダ テーマごとに4室に分けて展示

 

資料

東京 入口でブックレットを配布、日本語のみ

オランダ 入口でブックレットを配布、4ヶ国語それぞれ用意されていた

 

どちらの資料も簡易なもので、文章のみ。

 

照明

東京 ハロゲンランプ、自然光なし

オランダ 自然光(窓は紫外線遮断処理)が基本

 

作品の照明が最も違う印象だった。東京展はハロゲンランプのせいか、赤色が強調され、色バランスを崩しているようにみえる。明るさを落としているので暗部はより暗くなる。以前の展覧会でみられた保護ガラスの反射はかなり抑えられている。

オランダ展は会場が小さいので十分な自然光が入る。何と言っても電車で10分のデルフトと同じ光でみることができた。

 

展示の状態

東京 作品から約1m離れて柵があり、それ以上は近づけない

オランダ 作品との距離に制限なし

 

これも大きく違っていた点、1m離れていると細部がわからない。画家だったら、マチエールを確認したいと思うのにできない。特に『赤い帽子の女』のような小品には遠すぎる。オランダ展ではじっくり細部をみることができた。

 

動線

東京 展示順路の最後、部屋に入ると順路が特に指定されていないので、ランダムな順番でみることができる。これだけの規模の展覧会で順番を設けないのは評価されてよい。

オランダ 緩い規制があり、第1室から順番にみるようになっている。3月時点では最後までいって再び戻ることができたが、展覧会後期は一方通行となった。

 

時期が展覧会前期だったせいか、余裕があり、何度も行ったり来たりできたのが幸いだった。

 

関連展示

東京 別室にオランダの同時期の絵画作品を展示、一室をビデオ上映にあてていた(見なかったので内容不明)。

オランダ 地下の部屋で展覧会開催時点での科学的調査結果を紹介、特に展覧会にあわせて修復された『デルフトの眺望』と『真珠の耳飾りの少女』について。

 

オランダでは国を挙げて本気で開催したので、関連企画展の充実ぶりがすごかった。

デン・ハーグ

Dutch Society in the Time of Vermeer

Den Haags Historisch Museum(フェルメール展会場入口の向かいの建物)

1. March - 2. June 1996

当時のオランダ社会についての図版、公文書に残されているフェルメールのサイン、作品に登場した小物等を展示している。

図録は"Dutch society in the age of Vermeer"(f39.50), ISBN 90-400-9823-9

 

The World of Learning (Cartography and scholarship in the 17th cent.)

Museum van het Boek-museum(場所がわからなかったので未見)

1. March - 2. June 1996

 

The Men of Emmaus

9. April - 7. July 1996

Museum Bredius(フェルメール展会場入口前の広場の反対側、まだ開催されていなかった)

フェルメールの贋作で有名な”メーヘレン事件”の中心人物、ハン・ファン・メーヘレンの「贋作」以外も含めた作品展

 

その他関連コンサートも開催。小さな美術館が私的に企画したものもあった。

後に知ったところではロッテルダムでグリューナウェイの講演もあったそうである。

 

デルフト

市制750周年と重なってとても力を入れている。

 

Delft Masters - Contemporaries of Vermeer

Museum Het Prinsenhof

1. March - 2. June 1996

フェルメールと同時代、同場所を中心に活躍した画家たちの作品展。これだけでもかなり見応えがある。会場のプリンセンホフは修道院でオラニエ公ウィレムが隠棲し、暗殺された場所である。

 

Vermeer Interior

1. March - 2. June 1996

Museum Lambert van Meerten(日本では「タイル博物館」の名で有名)

 フェルメールの作品に出てくる室内を複数の作品から再現。上映されているビデオは短時間ながらも興味深い。この他作品に登場する小物も展示。プリンセンホフから北へ旧教会を過ぎたあたりにあり、古いデルフト焼きがコレクションされている。内部は撮影禁止であった。

 

混み具合

東京 平日だったせいか入口以外はそれほどでもない

オランダ 会期前半でも激混み(後半はもっと混んだらしい)

 

東京展で気になったのは、当の絵を前にして解説を読む人たち。一生に一度の体験(しかも唯一)かもしれないのに何で解説を読む?それと音声ガイド、作品体験の妨害と思わないのだろうか、不思議である。

 

展覧会文化の違いのせいか、オランダ展では日本以上に激混みだったにも関わらず、みたい作品の前に長い間いることができ、周囲の人も気にしていなかった。自然光のもと至近距離まで近づけたので、細部もじっくり観察できた。驚いたのは、車椅子の来訪者がきたとき、周囲にいた人たちがさっと場所をあけたことだった。日本ではありえない。

 

展覧会グッズ

公式CD

東京 なし

オランダ 当時の美術展には珍しく公式CDが発売されている。展覧会のために特別制作したものではなく、既発売のCDから選ばれた。展覧会のシールが貼られているが、カバーはフェルメールの作品でないのが惜しい。

The Golden Dream 17th-Century Music from the Low Countries.

Musique des Pays-Bas au XVIIe Siecle

The Dewberry Consort

1993, USA, harmonia mundi 907123

 

 

記念切手

東京 なし

オランダ 切手3枚と小型シート

 

その他グッズ

東京 グッズはマニュアル化されたのか、どの展覧会も同じようなもの(トートバック、クリアファイル、マグネット等)で絵柄だけが違う。

オランダ ワインがたくさん並んでいた。『牛乳を注ぐ女』に描かれたパンは市内のパン屋で買えた。

 

泊まったホテルでは「フェルメールディナー」というのがあり、頼んでみたらきのこ料理をパレットに乗せたものが出てきた。なぜきのこなのか不明。


木があって樹がない

樹をめぐる物語



樹を描いた作品の展示ということで期待したが、展覧会に物語を感じられなかった。
展示されていた大半の絵は、木をみて樹を描いていない。
その中で「ペイルルバードのポプラ」と少数の作品だけが樹を描いた。

フェルメールとレンブラント展

森アーツセンターギャラリーで開催

MOMAが所蔵するフェルメールの『水差しを持つ女』が展示されるというのに行く機会がなかなかできず、東京の会期終了近くになってようやく見ることができた。



フェルメールの作品のなかでは知名度がやや低く人気もそれに比例していると思われるのは、『牛乳を注ぐ女』と比べて薄塗りで立体感がないように見られているせいもあるのではないかと思う。しかし、独特の雰囲気があって好きな作品の一つ、ちょうど20年前にオランダで他作品と共に見ていた。

六本木での展示でまず気がついたのは、外光が一切入らない部屋で、ハロゲンライトのみの照明がされていたこと、このせいで全体が黄色っぽい色に見えてしまい、かなり色彩感を損なっていた。きっと、こういう色だと思った人も多いのではないかと思う。オランダでは自然光のもとで見ることができたので、この違いはとても大きい。つくづく、オランダの理想に近い環境で見ることができてよかった。この記憶は大切にしないといけない。

それにも関わらず、光線そのものではなく、人物の前後にまで光が充溢している空間を描きだしているのが充分に感じられた。このような空間は同時代のオランダ絵画に類例がなく、人物の性格や雰囲気からもたらされているようにもみえる。

また、窓の下から生じる影の、北方の気象と多重反射を反映したぼんやり感がここでも素晴らしい。この影が最も素晴らしいのはバッキンガム宮殿にある『音楽の稽古』だと思う。

他の画家の作品では昨年も見る機会のあったファブリティウスが2点あったのが珍しく貴重だった。

渦巻の世界


先月ボッティチェリ展で行った都美術館で、他館の美術展・企画展案内のチラシが置いてあるなかに、珍しくギャラリーの展覧会案内(葉書)があった。二重の渦巻きだけのあるオブジェのデザインで、「ORIGIN オリジン 見えないものの形」、美術家・橋場信夫さんの展覧会だった。



場所は下高井戸近くに昨年末オープンしたという Tir na nog Gallery 、渦巻きとケルト、すぐ見に行くことに決めて先日ようやく実現した。


下高井戸から歩けなくもない距離だったけれども寒いのと、トラムみたいな世田谷線が珍しいので一駅乗り継ぎ、ギャラリーはすぐ近くにあった。


展示は鉄を素材に使ったオブジェで美しく発色した錆色に様々な渦巻や組紐の文様がある。


渦巻は文様史上線と円の次に現われたといわれる起源の古いモティーフで、様々な文明に特徴的なものがある。上の渦巻は太陽の軌跡を固定した板に1年間プロットしたときにできるパターンに似ている(下の図)。これは既に先史時代の遺跡(ケルトより前)に登場している。


太陽の軌跡


古代ギリシアでもこの文様は知られ、グリプトテークでみることができた。


古代ギリシア


出雲で出土した銅鐸にもこの渦巻がある。先のオブジェもタイトルはないが、イザナギとイザナミから想を得たという。


出雲の銅鐸


渦巻きの組み合わせ、出雲


ケルトといったら、『ケルズの書』や『リンディスファーンの福音書』のXPやカーペットに現われた無数の渦巻きをすぐに思い出す。


渦巻は生成と消滅を同時に繰返していく。野外のオブジェでそうしたものをみたことがある。


次々に渦ができていく


やなじじーは時間について、流れるものではなく生成と消滅が同時に起こっていると考え、次のような図で説明した。




今の時代にありそうでなかった渦のオブジェをみたあと、下高井戸のノリエットでおやつにした。




上野のボッティチェリ



大きな美術館展のなかに数点含まれている、といったことでしかみる機会のなかったボッティチェリの作品を、回顧展として初日にみることができた。



それほど混雑はなく、観客の多くは最初に展示されていた工芸品などの解説に釘付けになっていて、主要作品の前は人垣どころか人さえいない状態だった。


これまでみたボッティチェリの作品では、『神曲』のデッサンが最も素晴らしいと思っていたが、今回も良い作品がいくつもあり、最もよかったのが小さなテンペラのこの2点。


シモンの家の宴(部分)


ノリ・メ・タンゲレ(部分)


洋梨がある!


『ゲッセマネの祈り』、北方中世を思わせる構図にイタリアの色彩。下側で眠ってしまっている弟子たちの聖性を喪失させているのが辛辣でユーモアがある。オリーブの木の剪定ぶりが興味深い。



リッピ親子の作品も多くみることができてよかった。子のほうの、今回展示はなかった『ベルナルドゥスの幻視』はルネサンス時代のなかでも好きな作品の一つであるが、今回のうちではトンド・コルシーニのような大作よりも小さなデッサンにフィリッピーノの良さがでている。


フレスコの『聖アウグスティヌス』など数点の作品は、既にフィレンツェ・ルネサンス展(1991年、世田谷美術館)などでみたものだった。


図録


黄金伝説展


年末までに行けずに今年に持ち越となった黄金伝説展を、文字通り新春の上野公園でようやくみることができた。


春のような陽気の上野公園


古代地中海世界の、精細な細工が施された宝飾品やブルガリアで出土した最古の金工芸品など、個々には素晴らしい展示品がある。また、宝石や貴石と組み合わせた宝飾品も起源をみるようで興味深い。しかし黄金という金属の世界中の古代文明のなかでの地中海世界の位置付けがはっきりしない(図録には書いてあるかもしれないが買わなかった)。「黄金伝説」も、ギリシア神話のなかには他に様々な神話があるし、ギリシア以外の伝説もあるはずであるが、どうして金羊毛をとりあげたのか。その関連でギリシア神話を描いた近世、近代の絵画展示もされていて、浮きすぎているルノアールには驚いた。クリムトも展覧会にあった作品を展示できなかったのか不思議である。


古代キリスト教時代に継承されていた金工芸も触れていてほしかった。



今にして思うと、割れ物と彫刻主体のグリプトテークには、金工芸品も素晴らしいものが多かった(以下グリプトテークの展示)。





ケルト美術


先月から大英博物館で開催されている Celts: art and identity の図録が届いた。購入したのはソフトカバーで、紀伊國屋書店のオンラインから。アマゾンでも取り扱っている。


 紀伊國屋書店 (¥5415)


 Amazon (¥4951)


 自前のコレクションで深い内容の展覧会が企画できてしまうのがすごい。



展覧会は日本でも開催しててほしい。


本文のレイアウトも宝飾の本のよう



「アンギアーリの戦い」展 ぐったり



とても期待して、会期終了間際になって富士美術館で開催中の「アンギアーリの戦い」展をみた。美術館は八王子駅からさらにバスで20分、川を渡り山をくぐって、都内とは思えないような場所にある。



展示はフィレンツェ史、壁画制作の背景にあたる。フィレンツェの画家が描いた2枚の戦闘画は中世末期風、1枚はピサを描いていて、斜塔の傾きがかなり強調されていた。


レオナルドの『アンギアーリの戦い』、ほぼ同時代の模写と思われる。制作のための小さなデッサンと、様々な模写。ヴァザーリによれば、オリジナルは絵の具が流れてしまっている。


ミケランジェロの『カッシーナの戦い』のデッサンはトルナイの本によると20点ほどのこっている。このうち数点でも見られればと期待していたのだけれど、豆本サイズに描かれたデッサンのみしか展示されなかった。下の有名なデッサンもなし。


「カッシーナの戦い」のためのデッサン(左右とも)


15〜16世紀の間にヨーロッパの絵画表現は大きく変わった。


1432 Ghent-Altar, Van Eyck

1440 Köln Altar, Stefan Lochner

1464 Het laatste avondmaal, Dirk Bouts

1477 Primavera, Sandro Botticelli

1484 La Dame à la licorne

1498 Apokalypsis cum Figuris, Albrecht Dürer

1506 Der Isenheimer Altar, Grünewald

1504 Battaglia di Anghiari, Leonard da Vinci (52)

1504 Battaglia di Caschina, Michelangelo Buonarroti (29)

1512 Madonna Sistina, Raffaello Santi


『ニュルンベルク年代記』(1493年)の出版の直後に『絵入り黙示録』(1498年)が出版されたときの劇的な変化と同じく、先のフィレンツェの画家からレオナルドの表現は劇的に変化した。『アンギアーリの戦い』の特徴は、憤怒の表情と動的なポーズにある。展覧会ではこれらの変化がどのように起こったか、必然だったのかなどの説明がほとんどされていない。


先行するレオナルドの壁画をみながらのミケランジェロの制作が、先達をどのように意識して行なったのか、どうして水浴の後ろ向き群像という形になったのか、このあたりは古くから議論されて決着をみていないが、新発見によりどうなったのか、そういった説明もない。


壁画が公開されると、同業画家の間でたいへん評判となり、模写に訪れる画家が絶えなかったが、マキアヴェリなど依頼側、または敵として登場しているミラノの反応はどうだったのだろうか。


作品がとても限られていることはわかっているが、それでももう少し何とかならなかったのだろうかと思う。


グラン・パレのルドン展でドムシー邸の部屋が再現されたように、この展覧会でも五百人の間と壁画を立体的に再現するべきだった。


明らかに『アンギアーリの戦い』に興味ないとわかる来訪者集団の異様な雰囲気、猛暑などが重なって早々に退散することにした。


収穫だったのは、ルーベンスの模写(ずっと見たかった作品)、マキアヴェリの肖像、中世末期の雰囲気濃厚な戦闘画、帰りに買った芸術新潮。


建物は立派な美術館



彼女は吠え、僕らは遊ぶ


図録は美術関係のなかでは小型で、過去のクレー展図録もなぜか小型のサイズが多い。『洋梨礼賛』が紹介ポスターに使われているくらいなので、図録の表紙になっているだろうと期待したが、別の作品だった。


図録


図録のデザインには『彼女は吠え、僕らは遊ぶ』が使われている。クレーの作品のなかでも有名なので、過去に日本で出版された画集にも収録されている。


sie brüllt, wir spielen 1928、ベルン美術館に展示されていた頃


線に還元された犬たちは、カンディンスキーがヴァイオリン演奏について述べた「手が弓にかける圧力は、手が鉛筆にかける圧力に完全に対応している」(ラインズ)ように音楽そのものであり、カリグラフィー的な文字のようにもみえる。後に病気で手が不自由になって微細な線描ができなくなると、東洋の書道のような文字になっていく。


音楽の演奏そのものは跡をのこさないが、紙の上の演奏は線となってのこる。遊び=演奏=spielenであるから、作品のなかには二重の遊びが隠れている。


図録の表紙に『洋梨礼賛』がなかったように、展覧会グッズにも『洋梨礼賛』を使ったものはなかった。Bunkamuraのクレー展のときはTシャツがあったのに、その点だけが残念だった。



聖女、窓から


宇都宮美術館で開催しているクレー展の最後の章「愚か者の助力」でのなかで展示された一点、『聖女、窓より』、窓のむこうにいる聖女の構図はルドンの作品を思わせる。


Heilige, aus einem Fenster, 1940


La Sainte devant la ville, W333


聖女は「向こうの世界」に属している。窓は「こちらの世界」との境界にある。東ローマで聖像論争が起こったとき、イコンは「窓」とすることで決着した。


ルドンの聖女は自身のなかに沈思しているが、クレーの聖女は「こちらの世界」に大きく関心を寄せている。誰かがこちらから向こうに移る際に、助けようと待っているかのようである。



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