クラヴィコード月間

伊勢から戻った後はクラヴィコードの演奏が集中して、ほぼ毎週演奏会が続くこととなった。

世の中でどれくらいクラヴィコードコンサートがあるかわからないけれども、音量が小さいので多数の人を前に聴かせることができず、現代のホール中心の演奏会ではとても限られる。

 

 

クラヴィコードには一つの世界がある。

 

 


La Boîte à musique

プロイセン芸術アカデミーで作曲を教えていたシェーンベルクは1933年に公職を追われ、同年アメリカに亡命した。亡命先でも教職につき、翌年にケージが弟子入りした。弟子入りのとき「音楽を書くためには、和声の感覚を持たなければならないが君には和声の感覚がない」とシェーンベルクに言われ、本人も全く持っていないことを認めた。

西洋音楽がグローバル化したので、西洋的和声が普遍的なものと錯覚してしまうが、和声感覚はヨーロッパの地域的で独特なものであることを、この頃実感している。このような文化で出るべくして出たのがオルゴールだった。

現在のオルゴールの大半は工業的に生産され、数の上ではサンキョー(現日本電産サンキョー)、伝統の上ではリュージュ社(サン・クロワ、スイス)が圧倒している。
今年はオルゴールが発明されて220年、昨年はリュージュの創設者シャルルが製造を始めて150年と重なったためか(なぜかスイスではなく)フランスから記念切手が発行された。


Timbre 2015, France

リュージュ社のオルゴールのなかで気になっているのが「カルテル・サブライムハーモニー」Cartel Sublime Harmony と名付けられた製品で、特にその名前の由来についてだった。そこで Cartel について Larousse や Dictionnaire de l'Académie française で調べてみると、時代順に騎士の武器を飾るモットー入りプレート、騎士の挑戦状、時計の装飾または時計そのもの、壁面装飾、企業協定、企業連合などで、最後の意味は19世紀にドイツ語から加わった。目的のオルゴールに関連する意味は見いだせなかった。ふと Carillon の縮小形ではないかと思い調べていくと、結果的にそうではなかったが代わりに le type cartel dont le barillet est parallèle au cylindre ; il tient son nom du fait que dans les premiers temps, il était placé dans les socles de pendules appelées « cartel ». Par extension, le mouvement à musique a gardé ce nom. という一文を見つけた(wikipedia.fr)。Cartelタイプの時計に入れたことが始まりらしい。


Cartel(装飾)


カルテルタイプの時計 Musisque grand cartel d'époque Louis XV
Denis-Frederic Dubois, Paris, c.1765-70


櫛歯になる前のシリンダーオルゴールが組み込まれている

演奏機械としてのカルテルを調べてみると19世紀前半に遡り後半にはスタイルが固定されたようである。20世紀に入るとオルゴールそのものが衰退するのにあわせて消滅、1980年代にリュージュ社が往年の技術を復活させた。これが現在のカルテルで、他では生産していない。ただしリュージュ社の呼称「カルテル」は19世紀的な定義と必ずしも一致しないかもしれない。


オルゴール切手のドキュマン、バックにカルテルタイプが印刷されている


ドキュマンの裏はリュージュ製品の分解図

リュージュのカルテルの特徴は、櫛歯72弁×2、大型のニッケルメッキされたシリンダー、ねじ巻きではなくラチェット式のゼンマイで、通常は4曲演奏可能である。リュージュ製品にはもう一つ72弁×2のシリーズがあり、そちらはねじ巻き式でシリンダーの直径も小さい。


Cartel Sublime harmony, Catalogue de Reuge

その後、Cartelの詳細なサイトを見つけた。それによると上記のような形態が特徴となっていて、大型のオルゴールに採用されている。


72×2=144弁の櫛歯


巻き上げ用ラチェットとゼンマイが入ったカラム




連結歯車


シリンダー


膨大な数の植え込まれたピン

次いで、Sublime harmony は、直訳すると「崇高なハーモニー」、日本のいくつかのサイトでは「左右に振り分けてステレオ効果を出す」、「同じ調律の櫛歯を複数枚使う」といった記載している。出来るだけ出典に遡りたくてフランス語のサイトを見ていくと、「同じ調律」ではなく僅かに調律をずらした2枚の櫛歯を使って金属的な響きのない滑らかな音を表現する、サン・クロワのシャルル・ペラールによる1874年出願の特許が見つかり、それがSublime harmony の完成形らしい。



「僅かに調律をずらす」感覚がとても興味深い。これで思い出すのがチェリビダッケが変ホ長調シンフォニー(ブルックナー)の冒頭に出てくるトレモロを、隣の奏者と違うピッチで弾くよう指示し、その結果まるで違った効果を得ていたことであった。


高音の櫛歯は振動し易くするため薄くなっている


低音側は調節用の鉛がついている

最近読んだ倍音についての本(『倍音』音・ことば・身体の文化誌、中村明一、春秋社、2010年)で、倍音には整数次倍音と非整数次倍音があり、僅かにずれた音は非整数次倍音にあたる。オルゴールは基本的に整数次倍音が豊かであることは知られているが、サン・クロワの職人はその先の感覚を持っていたようである。和声的にみてもたいへんおもしろいので、セヴラックやミケランジェリも夢中になったのかもしれない。




オルゴール独特の機構


軸受はルビー



取説

クラシック音楽のトリセツ
飯尾洋一、SBクリエイティブ、2015年



超初心者向きに書いたという本書、最後の「聴いて損はナシ まずは、この定番名曲を聴いてみよう」という章で選ばれた栄えある「初心者向け」作品の一つにシューマンのヴァイオリン協奏曲という、およそ超初心者には向かない作品が含まれていたのでつい読んでしまった。

前半はトリセツ(取扱説明書)にふさわしい内容、「睡魔という大敵」は面白かった。吉田秀和のような人でも(クナッパーブッシュのブルックナーで)眠ってしまったことを告白しているし、コンクールの審査官にとってはたいへん切実な問題だったと聞いたことがある。

1854年に作曲され最後となったピアノの変奏曲で ”Geistervariationen” とも呼ばれている『天使の主題による変奏曲』のテーマは、シューマンが「天使から教えてもらった」と言っているが、実は直前に作曲したヴァイオリン協奏曲第2楽章のテーマだった。そこで著者は疑問に思う。

はたしてメロディを天使から授かるなどということがあるものだろうか。
もちろん、ない。

物質的次元ではそうかもしれないが、『ドゥイノの悲歌』のような例を知っている。作者の中で生まれたものの起源が、天使か神か、とにかく自分でない何か別のところからもたらされた、としか考えざるを得ない、ということを芸術家の多くは言及している。特にシューマンのような人には物質的な考えをあてはめるわけにはいかない。

第2楽章のメロディは高貴で格調高い。なるほど、これは「天使の歌」かもしれないと思えるくらいに。

この楽章を聴いたとき、人間にはとうてい表現できない別世界の音楽を聴いてしまった作曲家が、どんなに努力してもこの世に少しも降ろせないで苦悩している、というように感じた。この頃のシューマンは古典的様式を意識していたはずなのに、この協奏曲では様式感覚が崩壊しているのも、降ろせないことの結果によると思える。

芸術家は、諸君に与える喜びのためにその一生を打ちこんでいるのである。彼の芸術に捧げた努力については、諸君は何一つ知らない。彼は及ぶ限り善いものを、彼の生命の花を、完成しきったものを与えているのだ。(シューマンの言葉)

他に挙げているで気になったのは『カルミナ・ブラーナ』、カール・オルフの作品だけれど、執筆するなら元になった写本くらいはあたってほしい。発見されたのはバイエルンのベネディクト・ボイレン修道院、ベネディクト会では最も標高の高い所にあり、やなじじーが一時期修行していた。

修道院で発見された詩なのだ、きっとありがたい内容なのだろう。そう思って歌詞対訳(オルフの作品)を見ると驚かされる。この曲で歌われている題材は、おおまかにいえば3つしかない。春、酒、そして求愛だ。(163ページ)

生臭坊主ぶりもさることながら……

音楽に限らず中世の作品に馴染みがないように思える。修道院から見つかったといって全てが神学的なものとは限らない。モンタウドの修道士のように、世俗の詩を熱心に筆写していた例はよく知られているし、サガなども修道士の筆写がなければ消滅していた。『カルミナ・ブラーナ』写本に収録された詩は確かに上記のような内容が多くを占めるが、長大な典礼劇も含まれている(アンサンブル・オルガヌムのCDが出ている)。筆写した放浪修道士・学生(ゴリアール)といわれる人たちも、修道院学校に在籍したことがあるというだけで、全てが叙階された人たち、聖職者ではない。

一方でパリでの出版年なども些細に間違っている『乙女の祈り』は超初心者であってもすすめられない。

記述で間違いが1カ所

そしてベートーヴェンに至っては、ついに一度も雇われることなく、生涯にわたってフリーランスの音楽家として活動しています(貴族たちから年金は受け取っていましたが、雇用されていたわけではありません)。ベートーヴェンはだれにも雇われることのなかった初めての大作曲家です。(140ページ)

ヴィーンに出る前まで、ボンの宮廷で選帝候に雇われていたことは種々の記録(勤務評定なども残っている)が示す通り。


青いドナウ


工芸品と工業品

会社四季報オンラインに掲載されたヤマハピアノについての記事に違和感があったことから、ヤマハのピアノ販売戦略について調べていたところ、四季報記事を真っ向から否定するような分析が2011年に刊行された本にあることを知った。

どうする?日本企業、三品和広、東洋経済新報社、2011年



本書ではいくつかの企業について分析を行い、その中にヤマハも含まれている。ヤマハのピアノ生産台数に着目すると1965年に世界1の生産台数となったが1979年で頭打ち、その後漸減傾向を辿っている。大きな原因としてトップ人事の迷走、市場の成熟化、中国の台頭などを挙げている。

スタインウェイとヤマハの最大の違いを「工芸品」と「工業品」の違いであると捉え、それをパフォーマンス・クオリティとコンフォーマンス・クオリティという概念で自動車のジャガーとカローラを例に説明している。

ジャガーの品質概念は「パフォーマンス・クオリティ:、カローラの品質概念は「コンフォーマンス・クオリティ」と名付けられ、明確に区別されました。パフォーマンス・クオリティは製品が顧客の期待を上回る程度、コンフォーマンス・クオリティは製品が顧客の期待を裏切らない程度とかいしゃくすれば、わかりやすいでしょう。(79ページ)

スタインウェイはピアノにアタリハズレがあり(ハズレを引いた顧客は選択眼のなさを嘆くしかない)、ヤマハにはアタリハズレがないということになる。


スタインウェイ以前のピアノ

スタインウェイを超す頂点への挑戦をヤマハは既に始めていて、スタインウェイ式の手作り方式を採用したヤマハコンサートグランドピアノCFXを発表した(2010年夏)。

しかし世界では別の流れがあり、それを次のように表現する。

ヤマハは「スタインウェイを超えるスタインウェイを造る」を目標にしてきましたが、世の中には「スタインウェイとは別のピアノを創る」を合い言葉に勝負を挑むメーカーも存在します。(92ページ)

代表的なメーカーとしてイタリアのファツィオリが登場する。スタインウェイのピアノはピアノ全体を振動させる設計で、どうしても音に濁りが出るのに対してファツィオリは響板以外は振動させない設計でクリアで明るい音となっている。ファツィオリは企業規模10倍以上のスタインウェイに対してパフォーマンス・クオリティを上回ることを目指している(F308)。この例からヤマハには、

何をやりたいのかが心の中で明確になっているからに違いありません。この志の高さこそ、日本の企業に決定的に欠けている中核要素ではないでしょうか。(95ページ)

さらに日本人の音楽受容に与えたヤマハの功罪についても触れる。

ピアノを大量生産することによってヤマハは立派な大企業に育ちましたが、その陰には犠牲も生まれました。他ならぬピアノのことです。驚くほど多くの日本人家庭にピアノが入り込んだものの、周知のとおり、その大半は楽器として扱われることはありませんでした。置物を乗せる家具に化けてしまったのです。もちろん、そういうピアノを弾き込んで演奏家への道を歩んだ人も何人かはいるでしょう。しかし、高度成長期にピアノを倣った世代から世界的なピアニストが生まれなかったことは、いまとなっては明白です(内田光子さんは1961年に日本を離れています)。(102ページ)

「ピアノの誕生」(西村稔、講談社、1995年)、「ピアニストになりたい!」(岡田暁生、春秋社、2008年)などを読むと、ヨーロッパでも中流家庭に売り込まれたピアノの多くは屋根裏で埃をかぶる運命だったことがわかるが、一方で多くのピアニストがこの階級から出ていることも事実である。

ヤマハピアノ(特別なトップモデルを除けば)はあたりさわりのない音を出す工業製品なので、弾いているうちに音楽への関心が閉ざされていってしまったのかもしれない。

そんなヤマハピアノでも、リヒテルのように気に入るピアニストもいれば、反田恭平のようにとんでもない音楽を引き出すピアニストもいる。


ごく普通のヤマハピアノを弾く


経済誌の音楽記事


たまに経済誌(ネット版)音楽がとりあげられると「経済的観点」というバイアスが加わるためか、変な展開をして無意味な内容で終わることがある。2月25日の会社四季報の記事(コラムのようなもの?)もそうだった。

「クリエイティブ・エコノミー」時代の勝ち組企業の条件

経済関係だったらまず、ピアノを含めたクラシック音楽産業は既に世界的に衰退に入っているという事実を確認して、それを前提にしなければいけないが、そうしたことは無視してこれからも拡大するものと著者は考えている。

ピアノメーカーとして勝ち残るには、

世界的なピアノコンクールでピアニストたちによって選ばれ演奏されることが「一流の証し」となる。

コンクールの採用は最低限の条件で、ピアノコンクール出場ピアニストだけではなく、トップのピアニストが選び続けなければ「一流」とは言えない。現代の画一化され、「演奏ロボットが優勝しかねない」と揶揄されるコンクールで優勝したといっても、ピアニストがその後生き残るとは限らない。実際ショパンコンクールで優勝したのにその後の活躍がないピアニストも多い。この記事では芸術性の視点の欠如が後々おかしな結論を導いているように思う。

単なる世界シェアナンバーワンでは、ピアノの世界ではトップブランドとは認定されない。名実ともに世界一のピアノメーカーになるには、ヤマハは、世界的なピアノコンクールでピアニストたちによって選ばれ演奏されるピアノにならなければならない。

2015年のショパンコンクールで入賞6人のうち、3人がスタインウェイ、3人がヤマハという結果になった。そのときのヤマハの社長のインタビューで、

フェラーリは商売としては世界一ではないが、誰もが憧れるすごい車をつくっている。(ヤマハとしても)誰もが憧れる、そういうものを作りたい。音楽というのは必需品ではない。(だから)みんなが憧れるものを作って、初めて『これを使ってみたい』と思われるようになる。

と語った(これは上記記事のなかの記載を引用したもので、元のインタビュー記事(その元はテレビ東京のTV番組)を読むとニュアンスが違っているので注意しなければならない)。


ヤマハの社長はさすがに状況を把握している。「誰もが憧れる」製品はスタインウェイの「トップが憧れる」ピアノとは立ち位置が既に違う。しかし引用した記事の著者は、この違いに気付いていないようで、強引に自説と結びつけているようである。

クリエイティブ・エコノミーの時代には世界のトップランナー、トップブランドであることが重要なのだ。シェアだけを追っていたら、いずれは韓国や中国のメーカーに追いつかれてしまうことにもなりかねない。

スタインウェイ社はピアノ産業を創り上げてきた歴史がある。19世紀当時としては画期的なローン販売(世界初かもしれない)、手工業的だったピアノ製作に導入した近代的生産方式、超一流ピアニストを起用した販売戦略、そして何よりも「音楽」を決して忘れなかった(「音」しか出ないピアノが多い)ことがトップとして君臨できた要因である。しかしそのスタインウェイ社も過去何度か身売りし、企業としてみたらいまのスタインウェイ社を超一流とはとてもいえない。

ヤマハは世界トップシェアを誇るが、トップブランドではない。ヤマハのピアノはリヒテルが気に入り、グールドが2度目の『ゴルトベルク』を録音したことでも知られる。それでもピアニストの多くはスタインウェイを選んでいる。なお、リヒテルはピアノを選ばないタイプ、地方の劇場にある調律も狂い壊れる寸前のピアノから信じられない音を出した、という話が伝わっている。グールドは録音直前に愛用のスタインウェイが輸送中に壊れ、やむをえず探し出したのがヤマハだった。



国連の調査では2015年に73億人だった世界の人口は、15年後の2030年には12億人増えて、85億人になることが予想される。新興国経済は現在減速を余儀なくされているが、長い目で見れば、これから先、ピアノなどの音楽を楽しむ層が増えていくようになるだろう。

多くの兆候は逆のことを示している。単純に総人口が増えるからピアノ人口が増えるというのは経済の専門家にしては安易である。皮肉なことには国産ピアノの中古市場が成長し、新品の売上を奪っている。

音楽を楽しむ層=ピアノ人口ではなく、それ以前にポップスでさえ聴く人口は減っている。クラシックは特に衰退著しく海外の超一流ピアニストでも来日コンサートで満席にならない事態が起こっている。2000年以前を知っていれば信じられない状況であるが、ピアノ購入を含めて今後逆転が起こるとは考えにくい。

中古といえば、「30年前のピアノでも売れる!」という中古ピアノ店のネット広告があるが、裏をかえせば30年前のピアノは価値がないと思われていることになる。国産ピアノは古くなるほど価値が下がるのに対してスタインウェイは価値が下がらないどころか、年代によっては高価にさえなる。この違いはどこからくるのか考えると面白い。

次は音楽教室について、

こうした点を見据えてのヤマハの動きも抜かりないようだ。ヤマハピアノ教室の卒業生は500万人を超える。海外のヤマハピアノ教室もすでに1964年の段階で最初の拠点を開設、現在では世界40以上の国と地域に広がり、生徒数は累計19万人以上に及んでいる。

このデータは古すぎる。ヤマハのピアノ生産のピークは1980年頃で、その後漸減、1993年にはピークの50%まで減少している(佐々木崇暉、大量生産経済の行き詰まりと地域経済、静岡県立短大研究紀要12-1、1998)。

2000年以降ピアノの販売は世界的に落ち、ピアノ教室に通う生徒も少子化やお受験の影響で激減している。その分を大人でカバーしようとするが、ヤマハが2013年に発表した「中期経営計画2013〜2016」には「海外ではアジアを中心に生徒が増加するも、国内では少子化によるヤマハ音楽教室生徒の減少を大人の音楽レッスンで補えず、全体で減少継続」と記載されている。 ヤマハはピアノ人口が今後増えそうにもない前提で別の道を模索しているはずである。 


クラシック音楽がクラシックと呼ばれるゆえんは、時間を超えて人々に愛され感動を与え続けるからだ。ショパンが生まれて206年になるが、これから先200年後もおそらくは人々はショパンの音楽を好んで聞いているだろう。そうした未来を見据え、ヤマハは名実ともに世界のトップブランドになるべく、より高品質のピアノ作りに挑戦している。この姿勢は、これから先、企業価値という数字にも反映されていくことになるように思う。

ショパンはヤマハを弾かなかったが愛奏したプレイエルは2013年に生産を中止してしまった。著者は実際にヤマハとスタインウェイの音を弾き比べたことがあるのだろうか。一度でもしていれば歴然とした違いに驚き、記事の内容にも反映されることと思う。銀座の山野楽器には、ヤマハと3大ピアノメーカーのピアノが同じ売り場に並んでいる。

『今のピアノではショパンは弾けない』の著者高木裕さんは、生産性を上げるために画一化され個性を失ったピアノではショパンの音楽を引き出せない、ヤマハのピアノには「芸術性」がないと訴えている。

芸術性と大量生産は相反し両立させるのは難しい。おそらく「より高品質」を意識している限り芸術性のあるピアノを作り出すのは無理と思われる。

クラヴサン


オート=ガロンヌ県はトゥルーズが中心都市、東端にサン・フェリックスがあり、西端にはサン・ベルトラン・ド・コマンジュがある。初めてこの地方を訪れたときには、ローラゲ地方とコマンジュ地方が同じ県だったとは全く気がついていなかった。


コマンジュ音楽祭の主会場だったノートル・ダム大聖堂で、「バッハの命日」にミシェル・シャピュイのオルガン演奏を聴いたことは以前にも書いたが、チケットを売っていたスペースには過去のコマンジュ音楽祭の演奏を収録したCDも販売していた。そのときに買ったのが、バッハのクラヴサンとヴァイオリンのソナタ(BWV1014, 1016, 1019)で、演奏はジャン=ピエール・ヴァレーズのヴァイオリンとジャン=パトリス・ブロスのクラヴサンだった。


ヴァレーズはオーケストラ・アンサンブル金沢との共演(プリンシパル・ゲスト/コンダクターだった)をはじめ、何度も来日しているが、このときは全く知らなかった。一方のブロスは長らくコマンジュ音楽祭の監督をしているが、日本ではあまり知られていないように思う。


CDはコマンジュ音楽祭自主製作で大聖堂でしか売っていないが、録音そのものは全6曲でAccordから発売されている(現在廃盤)。大聖堂で1976年の録音、完全なアナログ時代であるが、日本に帰ってから聴いてみて演奏と音の素晴らしさにとても驚いた。



その後、閉店する前のhmv池袋店で、同じ音楽祭で演奏された『アガタンジュのミサ』の録音を見つけ、ここでもオルガンとクラヴサンをブロスがやはり素晴らしい演奏をしていたので、しっかりと演奏者がインプットされた。



つい先日、近所の図書館でブロスが演奏するオルガンCDを見つけた。とても珍しいことに国内で発売されたCD(JVC)で解説は日本語、使用楽器については記載はないが別資料から大聖堂のオルガンで演奏している。



さらに最近になり見つけたのが『フーガの技法』のクラヴサン演奏、演奏者がブロスだったので即購入した。



先日の『フーガの技法』(1度の平行カノンつき)はコマンジュ音楽祭の録音であったが、今度は音楽祭の監督による演奏、ということで最近かなりサン・ベルトラン・ド・コマンジュづいている。



渦巻の音


先日の人類史的な渦は視覚的な装飾文様であったが、音楽にも渦巻があった。バッハの Das Wohltemperierte Clavier(不本意にも『平均律クラヴィーア曲集』という名前で知られてしまっている)自筆譜の表紙に渦巻が描かれた。最近、この渦巻をめぐって論争が起こっている。


タイトルと渦巻


1999年に調律法を表わしているのではないかと指摘され、2005年にアメリカのチェンバロ奏者ブラッドリー・レーマンが具体的にどのように表現されたかを示した(詳細は藤枝守、響きの考古学、106ページ以下)。この画期的な説によりクローズアップされた渦巻きについて、フランスのクラヴサン製作家エミール・ジョバンが同じ発想で出発しながらレーマンとは全く異なる説を出した(日本語に訳されている)。


図形で方法を覚えておけば、効率よく調律でき、バッハがチェンバロの調律を15分で終わらせた、という驚異的な早さもそれで納得できるというのである。


同じ表紙のいちばん下にはもう一つの渦がある。



バッハのことだから、こちらのほうも何かメッセージがあるように思える。



Opus 111 - Nr. 32


フォルテピアノの演奏を聴いてみて、最後のソナタは当時の楽器では表現しきれないように感じられた。



ヨーロッパ各地のピアノ製作家から最新のピアノを提供されていたが、表現したいことに対する性能のギャップを常に不満に思っていたという。もしかしたら、作曲家が望んでいるような楽器はまだ現われていないのかもしれない。


オルガンの細部


サン・ベルトラン・ド・コマンジュの大聖堂にあるオルガンの外観上の特徴は、柱で支えたステージの上にあること、他聖堂のオルガンと違って本体が直角になっていることである。ステージの裏側(こちらからみると天井のようにみえる)は寄木のような細工がされている。


壁と柱で支えられている本体、奏者は右側から上っていく


ステージ裏の寄木細工


演奏者席


全体に神話や神学的テーマの浮彫が施されている。一見してルネサンス様式であるが、フィレンツェやヴェネツィアのような軽さや優雅さはなく、個性的な地方の中世色濃いルネサンスである。





『フーガの技法』 BWV 1080 一度の平行カノンつき


最初に聴いた『フーガの技法』はヴァルヒャの録音(LP)、ちょうどその頃ベーレンライターの楽譜が音友から出たので、それを見ながらだった。実演はリオネル・ロッグが池袋でオルガンを弾いたとき、アランの演奏はチケット紛失のため聴けず、いずれもかなり前のことになる。


先日入手したコマンジュ音楽祭の『フーガの技法』はフランスの有名な音楽学者ジャック・シャイエ(『音楽分析』、『魔笛ー秘教オペラ』などの邦訳がある)により再構成された配列に従い、演奏者パスカル・ヴィニュロンが楽器指定した版により演奏している。各楽曲を構造の対称性を重視して配置し、聴いてすぐわかる特徴に、4声のフーガの変形型(通常 Contrapunctus II とされる)から始められていて、少し驚く。



楽器編成は金管アンサンブル、木管楽器及びオルガンで基本フーガは金管のみで演奏する。全ての楽器が演奏するのは未完の三重フーガのみ。コラール『御身の御座の前にわれは進み出で』も最後に収録されている。「2台の」と指定のあるものはオルガンを二人で演奏していた。


CD見開き



管楽器なのでオルガンとの相性はよく、楽器の音色差で対位法的な構造を明確にすると同時に、和声的色彩感をつけている。この会場での音は実際に聴いているので、聖堂内部(トマスキルヒェに似たところがある)で反響する音響も取り入れることを考慮した録音を目指したことがよくわかる。



三重フーガはヴァルヒャの演奏のような峻厳さやドイツ人の演奏によくある悲壮感はない。もっと穏やかにオルガンの単独で始まり、次第に楽器が加わり厚みを増していく。管楽器の演奏が入ることで、フーガも「歌」であることに気付かされる。


最後のコラールが終わると絶妙なタイミングで大聖堂の鐘の音が入っていた。



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