枯れ葉の沈んだ香り

ということは(7月7日からの続き)、1903年秋に書かれた手記はゴーギャンを念頭に置いていたのかもしれない。

 

錆びた金色の風景、しみ入る美しさ、重々しい平和、沈黙、足もとに厚く積もった落葉、……

おお枯れ葉の沈んだ香りよ、秋の庭で、消え去った生活の思い出を生き返らせる……葬式のようなさびしい魅力よ、この下で、すべて逝って帰らぬもの、別れを告げるものを含んだ死は、甘いものであろう。

私自身に、p131

 


シャルル・ワルトナー

19〜20世紀前半に活躍した版画家、ローマ大賞を受賞しフランス版画界の王道をいった人だった。当時の版画家と同じく過去や同時代の巨匠の作品を数多く版画にした。活躍した時期は写真の出現と重なるが、芸術性を追求したので生き残ることができた。

 

ミレーの『晩鐘』で、(当時の)写真では表現困難な逆光の表現にワルトナーの技術が最大限に発揮されている。

 

 

Angelus

 

ミレーの原画

 

 

ワルトナーの作品でよく知られていると思われるのが、ルパージュの絵をもとにしたサラ・ベルナールの肖像かもしれない。後にフランスで発行された切手にも影響している(切手の版画家は別の人)。

 

 

Sarah Bernhardt

 

 

 

ローマ大賞を受賞する前にワルトナーはジェロームのアトリエで勉強していた。このアトリエで知り合ったのがルドンだった。共に同じ版画の世界で活躍したが題材への興味も技法も対照的なくらい相違し、それにも関わらず生涯友人であり続けた。ルドンはワルトナーの肖像を描き、1912年の「ルドンへのオマージュ」という企画では、ナビやフォーヴィズムの画家に混ざってワルトナーも連なっている。

 

 

ルドンが描いたワルトナー、1912年

 

ワルトナーはルドンからパステル画『花ー雲』を購入して所有していた。この作品について「花のような雲の浮かぶ空の下、水の上に漂う一隻の小舟。つけるべき題名は『花ー雲』だ。」とルドン自身がコメントしている。

 

 

花のような雲

 

もう一点、素晴らしい水彩画の所有者でもあった。

 

 

花と少女

 

 


Paysages

昨年末からボルドーで開催されていたルドン展の図録を入手。

 

 

興味深いテーマがたくさんある。

『夢のなかで』は、思った通りオルフェウスとの関連がとても強いことを再認識できたのが収穫。

 


古い通り

これまでショーソンに関する本はフランスでもほとんど出版されてなくて、1967年のジャン・ガロワのものがいまだに唯一のまとまった評伝のようである(R. S. Groverの英語版もあるらしい)。

 

若い頃からマダム・ド・レイサックのサロンの常連だったことは知られているが、本のなかにサロンの所在地について記述があり初めて場所がわかった。早速地図でみると、サン・シュルピス教会とリュクサンブール公園の間にある一区画であった。通りに詳しいfr.wikipediaをみると、同じ通りの13番はリトグラフの発明家ゼネフェルダーが店を出していたこともわかった。

 

ルドンが転写紙を用いてリトグラフを制作する方法を教わったのは同じサロンの常連ファンタン・ラトゥールからであり、最初の石版画集『夢のなかで』も予約購入したのはサロンのメンバーが中心だった。

 

この頃まで石版画のブティックがあったかどうかはわからないが、偶然とはいえリトグラフの発明家とその技法で最高の作品をのこした版画家が同じ通りに関わっていたことが、コスモポリス都市パリならではのことに思える。

 


フルーリス通り27番

パリ左岸に建つ古いアパルトマン、調べていたらここに過去住んだ人たちに次々と行き当たった。



27 Rue de Fleurus, Paris

このアパルトマンには既に名声を得ていたジャン=レオン・ジェローム(1824-1904)が住んだ(1846〜1854)。この時期に代表作のいくつかを描いている。後にブリュッセル通りに引越した。短期間ながらルドンが師事したのはジェロームの私塾だった。

少し間をおいて1882年に、画家を志してポーランドから来たアンナ・ビリンスカ(1857-1893)が住んだ。地元ポーランドでは既に絵画展に出品したりしていたが、パリに来てジュリアン・アカデミーで研鑽を積む。経済的に厳しい状態だったが医者の父親が亡くなるといよいよ窮乏し、ジュリアン・アカデミーで教えるようにもなる。1892年に結婚してワルシャワへ転居した。ここでパリのようなアカデミーを開こうとするが、心臓発作で1893年に亡くなる。36歳だった。


自画像、アンナ・ビリンスカ

ビリンスカと入れ違いのように入居したのがルドンだった(パリで住んだ場所)。子供も生まれ、故郷からの送金も途絶えがちで窮乏気味だったので、ビリンスカが引越して空いた部屋だったのかもしれない(これは未確認であるが、画家であれば同じ条件の部屋に入る可能性はある)。1年ほど暮らしてルガール通りに引越した。送金が止まりいよいよ窮乏の度合いが強くなり、家賃が高く思えたのかもしれない。

このアパルトマンを決定的に有名にしたのはルドンではなく、1903年以降レオンとガートルードのスタイン兄妹が住んでからだった。特にガートルードはマティス、ドラン、ピカソ、ブラックといった当時の現代絵画を収集し、部屋にはルドンの作品(花)もあった。特にピカソの『アヴィニヨンの娘たち』は制作途中を目にした数少ない一人で、肖像画も描いてもらっている。


ガートルード・スタイン、後ろにピカソが描いた肖像、撮影はマン・レイ

アパルトマンのサロンには画家だけでなく、作家が数多く出入りしていた。スタインは第二次世界大戦が始まるまでアパルトマンに住んだ。

ジェロームやスタインが住んだのは家賃が高く広い部屋で、ビリンスカやルドンが住んだのは、より安い上の階だったのかもしれない。

100e anniversaire de sa mort

ルドンは大戦の最中1916年7月6日に亡くなった。今日はちょうど100年目。
亡くなる前日にコレクタ―で友人のギュスターヴ・ファイエはルドンを見舞い、手記にそのときの様子を書き残していた。それによると高齢ではあったが本人も周りの人も亡くなるとは思ってもいなかったらしい。



同年生まれのモネくらい更に長生きしていたら、やはり最後まで描き続けたように思う。

マレーヌ姫

マレーヌ姫 La princesse Malaine, 1889.
Maurice Maeterlanck

『青い鳥』や『ペレアスとメリザンド』のほか、あまり知られていないメーテンリンクの最初に出版された作品が『マレーヌ姫』だった。大正時代以降長らく翻訳は出ていないが、復刻版(本の友社)が図書館にあったので読むことができた。


初版扉

『マレーヌ姫』が気になったのは、ルドンのエッチングに同じタイトルの作品があり、しかも8部しか刷られていない(銅板が残っていて没後に第2版が刷られている)ことから、作家からの依頼ではなく自主的に制作したらしいからだった。


La princesse Malaine(没後1922年版)

マレーヌ姫の表情はヒアルマル王子の科白に拠っているのではないかと思われる。

然しあの女は妙に眼を伏せて――両手の指を組合せて――それから不思議な白い睫毛!――そしてあの女の顔付! 恰度急に新しい清水の大きな泉に来たやうな氣持がする……(1幕第3場、鷲尾浩訳)

『マレーヌ姫』は自費出版した少数部のうち1部をマラルメに送り、そこからオクターヴ・ミルボーに渡り、ミルボーにより『ル・フィガロ』上で絶賛記事が掲載された経緯がある。

もう一つの『ヴィジョン』

ごく若い頃サロンに出展した作品を除くと、ルドンのデビューといえるのは石版画集『夢の中で』の発表で、大量に刷ることができる石版画なのに(クライドルフも1000部単位で刷っている)、僅か25部の制作だった。全てが現存しているかどうかわからないが、岐阜県美術館には1セットあり、パリ国立図書館にも少なくとも1セットある。

たまたま Galica で『夢の中で』の『ヴィジョン』をみていたら、どこか違う感じのものがあった。


『ヴィジョン』、M34


どこか違う『ヴィジョン』

見つけた『ヴィジョン』は、全体的に荒っぽく、黒の輝きがまだ不十分な試し刷りのようにみえる(以下試し刷りとしておく)。中央で輝く眼をみると、何か別のものが描かれていたようで、前段階では同じ石版画集の『孵化』のような球体のなかに何かいるような構想だったのかもしれない。ルドンにはよくあるが、描いている過程で眼との共通性に気付いて変更したこともありうる。



試し刷り


最終版

左下の人物たちも違っている。試し刷りでは右の人物が服装から女性と思われる左の人物の手をとって歩いているが、最終版と比べると、輪郭以外判然とせず、右手の月桂冠も背中のリラもなく、より曖昧な状態であった。



試し刷り


最終版

メルリオの1913年のレゾネから2011年の図録(プチ・パレ)まであたってみたが、試し刷りの存在に触れているものはなかった。ルドンは『夢の中で』をそれまでに描いた木炭画を石版画に転写したものだと言っているが、画集のなかの作品で実際にもととなった木炭画が確定されているのは2点しかなく、この『ヴィジョン』も元のデッサンはしられていない。『ヴィジョン』は、直接大理石の上に描き修正していったのではないかと思われる。

別の魚

これも立派なピチ



poisson d'avril





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