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ヘルマヌス・コントラクトゥスとヒルデガルト・フォン・ビンゲンの音楽


 日本にヒルデガルトの業績を紹介した種村季弘の『ビンゲンのヒルデガルトの世界』(青土社、新装版、2002年)ではヒルデガルトの音楽の特徴について当時の研究成果をもとに次のように述べている。


 

ヒルデガルトの音楽

彼女の旋法は教会音楽の音階には収まり切らず、少数の例外を除くなら、「しばしば一オクターヴ半から二オクターヴ、もしくは二オクターヴ半にも及ぶ音域で、グレゴリオ聖歌の定立した限界をたえずぶち破る」ものだという。「この旋律線を再現するとなると歌唱技術上の難しさが生じて、おそらく特別に熟練した女性歌手を必要としたか、そうでなければかなりの人数の、相互に後退する女歌手たちを前にして歌曲は歌唱されたのだ。終止音(フィナリス)その上五度音程の統御がとみに弱められるので、それにつれて教会音楽の正格旋法と変格旋法との伝統的差異は根拠薄弱なものになってしまう」(170〜171ページ)


ヘルマヌスの音楽

 弟子であったベルトルート Berthold の『ヘルマヌス伝』 Vita Hermanni Contracti に記述された音楽作品をもとに研究・発見が急速に進んだのは『ビンゲンのヒルデガルトの世界』刊行以後であった。ベルトルートが列挙したヘルマヌスの音楽作品は次の作品で、各聖人の典礼に完全な音楽をつけている。


・アウグスブルクの殉教者聖アフラ(校訂版2004年)

 Historia sanctae Afrae martyris Augustensis

 Karlsruhe, Badische Landesbibliothek Aug. LX


・証聖者聖マグヌス(ザンクト・ガレン写本Cod. sang. 388)

 Historia de Sancti Magni

 Sankt Gallen Stiftbibliothek Cod. Sang. 388


・レーゲンスブルク司教聖ヴォルフガング(ファクシミリ版1892年)

 Historia Sancti Wolfgangi Episcopi Ratisbonensis 

 BSB clm 14872


・聖ゲオルク(未発見)

・聖ゴルディアヌスとエピマクス(未発見)


これらの作品のハーモニーが素晴らしく甘美で優雅であったとベルトルートは記している。


ヘルマヌスの音楽作品は、当時のグレゴリオ聖歌の音域を超え、二オクターヴにも及ぶことがあり、ヒルデガルトの音楽と著しく似ているという。シュテファン・モレントは、ヒルデガルトがヘルマヌスの作品と音楽理論を知っていたと結論している。

Jennifer Bain, Marueen Epp ed., The sounds and sights of performance in early music, p.262, 2009.


昨年、モレント主宰の Ordo Virtutum (メンバーにはAnne Azémaも含まれている!)がザンクト・ゲオルク教会(オーバーツェル、ライヒェナウ)でヘルマヌスの作品の一部を録音した(Insula Felix, Christophorus CHR77328、CDはまだ日本に入荷していない)。サンプル版の範囲で聴いた中では、Historia Sancti Magni の中のレスポンソリウム、Miris magnorum は2オクターヴにわたるの音域で実際歌われ、アクロバットのような歌唱である。また、CDの中にはヘルマヌスの作曲した Salve Regina (これまでヘルマヌスが作曲したオリジナルは伝わっていないと思われていた)が含まれ、どちらも De Musica の著者ヘルマヌスらしい美しい音楽であった。


Sankt Georgkirche, Oberzell, Insel Reichenau


歌詞について


ヒルデガルトの歌詩

(ヒルデガルトの)歌曲のテキストはどれも好んで大掛かりなダイメンジョンを帯びたがる傾向がある。そこで主調をなすのは、表現のある種の強調と幅、ことばとイメージにおける椀飯振舞、最上級への好みである。諸様式の混淆と並んでフォルムの解体と多様なフォルムの混淆が目立つ。(同、170ページ)


ヘルマヌスの歌詩

ピーター・ドロンケは「中世ヨーロッパの歌」(高田康成訳、水声社、2005年)の「宗教詩の興隆」の章でヘルマヌスを「孤高の天才」と紹介し、続いて


ライヒェナウのヘルマンは、数学、天文学、歴史学、音楽理論の各方面にわたって草分け的存在であったが、「セクウェンティア」についてもまた、バロック的とも言える華麗な言葉とイメージをもたらした。おおくギリシャ語からなる、奇異な言葉の多用は、ときとして「凝りすぎ」と見えなくもないが、たとえば「マグダラのマリア」を歌った「セクウェンティア」のような場合、その効果は驚くべきものがある……へルマンの傑出した「セクウェンティア」はその緻密な構成においてノートカーに比肩しうるが、特にその詩的ヴィジョンの想像においてまことに斬新なものがある。それはたとえば、溢れるばかりのイメージ、聖書に取材しえそれを自由に駆使し適宜変容する能力、硬直した形容を厭い詩的な曖昧さを逆に活用する鋭い感覚、そしてその感覚に支えられた言葉の豊饒、などに窺える。さらにヘルマンには技法面において重要な業績がある。(97ページ)


と述べている。ヒルデガルトのセクエンティア様式とは異なるが、言葉とイメージについて両者とも共通している。モレントが主張するようにヒルデガルトがヘルマヌスの作品を知っていたとすれば、その共通性も納得がいく。


ザンクト・ガレンのノートケル・バルブルスのセクエンティアと比較して、


(ノートケルのセクエンティア『ペルペトゥア』と)対照的に、ヘルマンの『マグダラのマリア』はまったく縫い目のないひとつの世界を創り出している。初めから終わりまで、一群の統一あるイメージで貫かれており、その構成は綿密で、どの瞬間を採ってみても、理念とヴィジョンがぴったりと同居しているのである。(103ページ)


Notker Balbulus, Sankt Gallen
Minden Tropary fol. 144r, Ca. 1025.

『ビンゲンのヒルデガルトの世界』には、カントル(教会で聖歌を歌う専門家)と世俗の音楽家の違いについて触れた箇所でヘルマヌスにも言及している。しかしヒルデガルトの音楽との類似性については夢にも思わなかったようである。


十一世紀中葉のライヒェナウの足萎えヘルマヌスが指摘したように、(ジョグラールと)カントルとははっきり一線を画して、「理性に則ってふるまうことをせず……いたずらに歌うことの快楽、いや大声で叫ぶことの快楽に身をゆだねている、盲目的集団」(182ページ)


 ヘルマヌスとヒルデガルトの音楽作品の類似性について20世紀初頭の研究者は既に指摘していたが、戦後のヒルデガルト再発見で彼女の独創性を強調するあまり、見過ごされてしまった。著者がもっと中世音楽の研究に詳しいか(本書中でも音楽については「私の手にあまる」と記している)、或はもう少し生きて最新の研究成果を見ていたら、ヒルデガルトとヘルマヌスの音楽について、研究成果とは別な新たな事実が明かされたかもしれない。


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  • 2017.06.11 Sunday
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コメント
はじめまして。バンベルクの黙示録で検索して辿り着きました。毎日読ませてもらっています。
ルドン大好きなので、濃い情報に感動してます。制作途中の夜が見られるなんて凄いです。シューマンがいたなんて知りませんでした。
私と趣味が丸かぶりなのですが、私は表面をなぞるぐらいの知識しかないので1エントリーを理解するのにかなり時間がかかります。それもまた楽しみの一つです。

いつも楽しみにしているので、書き込ませてもらいました。
ナオ様
コメント頂きありがとうございます。
毎日読んで頂いていると言われるのも初めてで感激しています。

バンベルクの黙示録はたぶんご覧になられていると思いますが、下記のところに詳しく書いてあります。
http://homepage.mac.com/pirvs/sh/0201/Pyr020195.html
  • びるね
  • 2010/09/20 1:38 PM
こんにちは。昨日の古楽カフェでお目にかかった者です。非常に興味深い内容ですね。CDはFLACでダウンロード販売しているUKサイトを見つけたので、ダウンロード中です。ドロンケ氏の著作は所持しているのにヘルマヌスの名は覚えていなかったトリ頭な私ですが、これからもよろしくお願いいたします。
  • いのうえ せいいちろう
  • 2017/01/29 9:40 AM
いのうえ様、コメントありがとうございます。
ヘルマヌスの音楽は同時代人から100年の奇蹟と呼ばれました。音楽をお楽しみください。
  • びるね
  • 2017/01/29 9:03 PM
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