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マリアをあがめる博士 Doctor Marianus

『ファウスト』第2部最終場「山峡」、最も聖母に近づくことを許された男性として印象的な登場をする「マリアをあがめる博士」。

実在のモデルが誰か、もちろん作品の本質に迫ることではないのであるが、「マリアをあがめる博士」はヘルマヌスのイメージと重なってしまう。


「マリアをあがめる博士」が登場する前に「山峡」には、「法悦の教父」、「瞑想する教父」、「天使セラフィムに似通う教父」が登場する。過去の注釈ではそう呼ばれた教父にそれぞれ、聖アントニウス、クレルヴォーのベルナルドゥス、アッシジのフランチェスコを挙げている。「マリアをあがめる博士」については手塚訳の注釈には出ていないのであるが、アンティフォナ『サルヴェ・レジーナ』、『アルマ・レデンプトリス・マーテル』、セクエンティア『ベアタ・マリア・ヴィルジーネ』を作詞したヘルマヌスは没後、Marienverehrer マリア崇拝者と称された。


サルヴェ・レジーナ

めでたし元后、あわれみ深き御母、

我らの命、慰め、望みよ、めでたし。

さすらいの御、エヴァの子なる我らは汝に叫び、

泣き悲しみて、ひたすら汝を仰ぎ望まん、

この涙の谷にて。

ゆえに我らの代願者よ、

哀れみの御目を我らに向け給え。

また汝の胎にて祝されし御子イエスを

このさすらいの果てに、我らに示し給え。

おお寛容、おお慈悲、

甘美の処女マリアよ

佐々木勉、那須輝彦訳、中世キリスト教の典礼と音楽、p.330(付録3)、教文館、2000年


ファウスト

悔いを知るすべての心やさしきものよ、

救いのおん目を仰ぎまつれ。

感謝して至福の摂理に

かなう身となれ。

すべてのよき心ばせをもつものを

おんみに仕えまつらせたまえ

処女よ、おん母よ、女王よ、

神女よ、とわに恵みを垂れたたまえ。

第2部「山峡」、手塚富雄訳、12096-12103行


『サルヴェ・レジーナ』は厳しい時代を反映して、「涙の谷」の絶望の淵からの祈りであるがどこか甘美さがあり、『ファウスト』の「執り成し」(ここではグレートヒェンを執り成しているから)にもやはり甘美さがある。

少し前の行で「マリアをあがめる博士」が


その中心にいまして、星の冠をおつけになった

崇高なお方、

あれが天の女王だ。

輝く光でそれがわかる。

(11993-11996行)


と言うとき、ヘルマヌスが修道院に入った頃制作していた、ローマ皇妃の衣裳を纏い星の冠を戴いた黙示録の挿画のイメージに重なる。


『バンベルクの黙示録』から、fol 29v


Auの聖堂に描かれた聖母とヘルマヌス、1764年、「山峡」の場面のようである。


前の記事ように、ヘルマヌスは当時一流の学者でありDe sancta Maria Magdalenaのような驚くべきイメージを詩の中で体験できた。その点において、ファウストと共通するものがある。


そう考えると、『ファウスト』の最後に登場して、(グレートヒェンを通じて間接的に)救済を執り成したのがヘルマヌスであったのは、とても意味深い。



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