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ゴローと神話のとりとめない断片


ハイスターバッハのカエサリウスの『奇跡をめぐる対話』にはメルヘンを思わせる話も収録されていることが阿部謹也の『西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史』に出ていた。ヘッセが気に入るわけである。


カエサリウスの記述で特に注目すべき点は、メルヘン的なものがあることである。そのなかの一例をあげてみよう。第10章の66話に次のような話がある。


名前は忘れてしまったが、ある荘園の近くで一匹の狼が一人前になった娘を襲い、歯で腕をはさんでさらっていった。娘を引きずりながら、娘が叫び声をあげると狼は娘を強くつかみ、静かになると歯をゆるめた。こうして、狼は森のなかに娘を連れて行き、もう一匹の狼の前に出た。その狼の喉に骨が刺さっていたのである。それはたいへん痛んだので、もう一匹の狼は歯で娘の手をつかんで、骨の刺さった狼の大きく開いた顎のなかに入れさせ、そこに刺さっていた骨を抜き取らせた。こうして治った狼は、もう一匹の狼と一緒に娘を元の荘園に戻したのである。


助修士 子供のころ狼にさらわれ、大人に鳴るまで育てられた若者を見たことがあります。その男は走るときも腕を使い、吠えていました。

修道士 動物に撮ってはそれでも大変なことだろう……


これも奇跡を伝える話なのであろう。おそらくメルヘンの素材となるこの種の話が、ラテン語で書かれたのは、この部分が初出ではないだろうか。

阿部謹也『西洋中世の罪と罰』112ページ



宮中伯の家臣で最後に処刑されてしまったゴローは東アイフェル(コープレンツ/ラーハ湖/トリーア圏内)で共感をもって今でも生きている。

コープレンツ近郊で1940年に発見されたケルト時代の遺跡はストーンヘンジに似たモニュメントで紀元前1200年に遡るとされる。この遺跡は「ゴローリング」と名付けられた。モニュメントとゴローの関係はいまのところ不明であるが、遺跡に命名するほどゴローが親しまれていることは確かである。


ゴローリング復元図、wikipediaから


ゴローは伝説によると四頭の牛で八つ裂きにされたことになっている。フラウキルヒの祭壇には処刑されるゴローの場面の彫刻がある。


ゴローの処刑(フラウキルヒの祭壇彫刻、17世紀、wikipedia)


処刑されたとされる場所は四つ辻で、ゴロークロイツ(ゴローの十字架)と名付けられた玄武岩の石柱が立っている(盗難にあったため現在はコピーが置かれ、オリジナルはフラウキルヒにある)。


ゴロークロイツの立つ場所(中央の木立)、四つ辻になっている

右に行くとゲノフェーファブルンネン、フラウキルヒ、Google map


ゴロークロイツ(フラウキルヒ、wikipedia)


ゴロークロイツはこの地域に立つ道標(古くはローマ人がアイフェル産の丈夫な玄武岩を使って帝国内に立てた)の一つで、銘文には1472年8月14日に建立とある。当初はゴローと関係なかった道標がいつしかそう呼ばれたらしい。モニュメント全体にアイフェル方言の中世ドイツ語で『サルヴェ・レジーナ』が刻まれていることが興味深い。ヘルマヌス・コントラクトゥスのアンティフォナはまさに、「鐘の音と『サルヴェ・レジーナ』は至る所で響きわたる」(ルター、1522年降誕節の説教)。




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  • 2019.06.28 Friday
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