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イルミンズール

 ザクセンのキリスト教化を進め、広大な地域を征服するためカール大帝は772年、ザクセン族の聖木イルミンズールを切り倒すことで宣戦布告した。


イルミンズール(Irminzul、Irminsul、イルミンスル)はザクセン人が崇めた神々の一人であるイルミン神を象徴する柱でΥ型の木または柱として表現された。世界各地にある「世界樹」信仰の一つである。


イルミンズール、wikipediaより


こうした柱のなかで最も華々しく祝われたのは「イルミンスール」で、エレスブルク(現在のドイツ、ヴェストファーレン州、オーバーマルスベルク)にあった。『聖アレクサンドリの移送』第三章によると、サクソン人が崇めたのは「開けた土地に建てられた大木の柱だった。彼らはそれをイルミンスールと呼んでいた。ラテン語で『世界の柱』の意である」ということだ。

ヨーロッパ異教史p194、プルーデンス・ジョーンズ他、山中朝晶訳、東京書籍、2005


異教のシンボルであったイルミンズールは、地上のキリスト教王国を目指すカロリング王や宮廷聖職者にとって根絶すべきものであった。しかし、聖木の信仰は多くの文明に見られる根源的なものであるので、一掃することは出来なかった。


エレスブルクの近くでパーダーボルンの東にあるエクステルシュタイネに、岩壁に刻まれたロマネスク時代の十字降架像がある。


エクステルシュタイネの岩、Google map


岩壁の彫刻、Wikipediaから


ビザンティン様式色の濃い彫刻で、『エグベルトの福音書』の挿画もよく似た構図をとっている。十字架の右下に折れ曲がったイルミンズールがある。一見異教への勝利にも見えるが、単純にそうとは言い切れない。


十字架像と異教の組み合わせは過去にもあった。

ハインリヒ2世の典礼用福音書抄本の装幀板、象牙浮彫、ランス派


ヒルデスハイムのザンクト・ミヒャエル教会は司教ベルンヴァルトが墓所として開基した修道院の聖堂で、当時最先端の大建築を自ら「天使の神殿」と呼んだ。ここには根絶されたはずのイルミンズールが各祭壇と同等に扱われている。


図説ロマネスクの教会堂81ページ、辻本敬子他、河出書房新社、2003年


残念ながらこの本ではイルミンズールに関する説明はないが、聖職者とはいってもベルンヴァルトはザクセンの由緒ある貴族の出であるので、違和感を感じなかったのかもしれない。ベルンヴァルトはイルミンズールを当然異教由来のシンボルであると知っていたが、十字架の聖木と結びつけることでキリスト教に取り込むと判断したとも考えられる。




ドイツ語版wikipediaによると、ライヒェナウで制作された Reichenauer Perikopenbuch (Wolfenbuttel Herzog Bibliothek)のイニシャルもイルミンズールに由来しているという。


Reichenauer Perikopenbuch



イルミンズールの特徴ある羽根のような葉は見当たらない(または短くなっている)。ここでも福音書写本挿画に聖木として描くことに抵抗はなく、むしろ積極的な意図さえ感じられる。


こうしてイルミンズールの痕跡を探していくとあちこちにあるように思えてくる。マリア・ラーハの鐘塔はツヴェルク・ギャラリーをモティーフとしたギャラリーがあり、ギャラリーにある柱頭彫刻の一つにイルミンズールがある。


西鐘塔ギャラリーの柱頭、13世紀初頭


この聖堂も修道院であるが、当初はライン宮中伯が墓所として設立した。聖堂の中に入ると、たいへん奇妙な部分が1カ所ある。


西側内陣


先ほどの鐘塔の直下に位置する西側内陣で、現在は宮中伯の棺が置かれている。どこが奇妙な部分かというと、中央(東西軸線上)に2本の円柱があることで、この聖堂と同じ二重内陣プランを持つ聖堂はおろか、通常プランの聖堂でもこのような円柱の配置は見たことがない。ヒルデスハイムの例では確かに東西軸線上にイルミンズールとキリストの円柱があったが、建築に組み込まれているわけではなかった。

中央に円柱があると典礼に支障が出る。かつて梅原猛は『隠された十字架』の中で法隆寺の門の中央に柱があることを意図的なものとしていた。理由は異なるがこの聖堂の場合も意図的である。


ライン宮中伯ハインリヒ2世の棺は13世紀のものであるが、普通ならクリュプタに置かれるのに当初からこの位置に決まっていたようである。二重内陣プランは通常二人の聖人を持つ聖堂(例えばライヒェナウのマリアとマルクスの聖堂)か教皇に対する皇帝権力の対置(マインツ、ヴォルムスなど)が意図されるとき採用される。マリア・ラーハの場合ではマリア一人を名義聖人とし、その他の聖人は敷地内に礼拝堂を建てることで対処している(聖ニコラウス礼拝堂)。西内陣は聖人のための祭壇を置くためではなく、皇帝のようにライン宮中伯のための空間としている。


上の画像では手前の円柱から3本のアーチが出ているが、身廊から見ると明らかにイルミンズールを意識しているように見える。奥の円柱はもっと複雑で5本のアーチが放射状にのびている。宮中伯の棺はこの2本の円柱の間にあり、イルミンズールに見守られているかのようである。2本の(キリスト教化された)イルミンズールの間に棺を置くことは復活再生を意図しているのかもしれない。


この聖堂は『ダヴィンチ・コード』の聖堂よりも謎が深いのではないかと思えてくる。


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コメント
いくら異教徒のシンボルだからと言ってゲーム感覚で人々が何百年以上も信仰してきた存在を破壊するなんて宗教とは本質的に悲しくむなしいもんですね。
  • 2019/12/29 8:13 PM
ゲーム感覚というのがよくわからないのですが、今も起こっています。
  • びるね
  • 2020/01/03 4:53 PM
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