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乙女の祈り


小さい頃から、どうして『乙女の祈り』のような一軒華やかだけれど内容が何もない作品が人気あるのだろうと、とても不思議に思っていた。


小さい時に『太陽に吠えろ』という人気刑事物が放映されていて(といっても見たのは再放送)、その中に有名ピアニストを警護する話があった。偶然ある犯行現場に居合わせて重要な証人となってしまい、犯人からつけ狙われるようになってしまったピアニストがいた。リサイタルが迫っているので刑事の警護におかまいなしに自身のスケジュールに従い、ジョギングをしたりする。


いらいらさせながらも任務をこなす刑事に、あるときピアニストはピアノ作品で何が好きかを聞いた。音楽に関心のない刑事はたぶんどこかで耳にしたこともある『乙女の祈り』を挙げ、趣味の悪さにピアニストは一瞬唖然とする。


やがて(刑事ドラマ的な展開で)リサイタル直前に犯人に襲われるが刑事の危険をかえりみない奮闘により犯人を捕まえ無事にリサイタルを終えることができた。ピアニストはアンコールに『乙女の祈り』を弾いた。どうしてここで、とびっくりしている聴衆とは逆に刑事はその意味を悟る、といった内容だった。


この作品は、ポーラーンドのアマチュア作曲家テクラ・バダジェフスカ(Tekla Badarzewska,1834-1861)が18歳のときに作曲、1856年にワルシャワで出版されたものの注目されるに至らず、フランスの音楽誌 Revue et gazette musicale de Paris が付録として出版(No. 36, 5 Sep. 1858)したところ、大流行した。作曲者が売り込んだのではないので、同誌の編集者の一人が見つけたのかもしれない。


La Prière d'une Vierge, Tekla Badarzewska

Revue et gazette musicale de Paris, No. 36, 5 Septembre 1858.


パリ国立図書館のデータベースに Gazette musicale の付録があり、楽譜を見ることができる。掲載された本誌のほうは、36号に次のような一文が掲載されているのみで宣伝文のようなものは出ていなかった。



この雑誌は週刊で、1827年に創刊されて1880年まで続いた。編集者のなかにはベルリオーズの名前もみられ、バルザックも寄稿していた(wikipediaの記事)。『乙女の祈り』9月5日号に出版され、同月末には早くも4版を重ねて、「売り切れるほど人気が出ている」という記事が掲載された(同39号)。


11月28日発行の48号には『乙女の祈り』の批評が掲載されている(著者はアドルフ・ボッテ、作曲家らしいが全く知らない)。批評は作品の特徴を紹介、オクターヴと3度しか使っていないのに効果的であり社交界の若い(アマチュア)ピアニスト向けによい、と表面的で好意的である。


この作品を(作品以上に?)要約しているのが次の一文である。


ショパン風だが平板で過剰に感傷的な旋律、ペダルによって砂糖菓子のように増幅された情緒、安手のドレスよろしくアルペジオや装飾音で飾り立てられたパッセージ、そして「夢みる気分」をいやがうえにもかきたてるような詩的なタイトルなどが、この手の音楽の特徴である……これは19世紀における音楽のマス化を象徴する現象である。

岡田暁生、西洋音楽史156ページ、中公新書、2005年


1863年版の表紙


サロン風な演奏


『ピアノの誕生』(西原稔、講談社、1995年)によると、19世紀の大部分のサロンは結婚相手を見つける場であり、娘たちはこのようなサロン向け作品を効果的に弾いて相手を射止めるのが目的だった。『乙女の祈り』は相手を首尾よくゲットするための「祈り」であり、それを裏付けるかのように『かなえられた乙女の祈り』という対作品もある。


BnFにはフランス初版以降の版が収蔵されている。表紙が描かれている版はいずれも作品の内容を時代の趣味に合わせて反映している。


1912年版


1913年版、オリジナルが難しい人向け


簡略化


1922年の簡略版


1922年に出版された版では更に簡略されている


サロンというと、『失われた時を求めて』に出てくるような最先端の芸術が発表されるイメージしかなかったが、もっと下の階級のサロンはこのような作品に満たされていたようである。



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