キヒヒヒ


ベル・エポック時代の音楽

先月、浜離宮ホールでの反田恭平リサイタルのうちドイツ音楽を中心としたプログラムを聴いた。アンコールは意外にもドイツ音楽ではなくショパンとシャブリエの小品だった。

偶然にもベル・エポックと呼ばれた時代のフランス音楽についての本を2冊みつけた。


ベル・エポックの音楽家たち
フランソワ・ボルシル著、安川智子訳、水声社、2016年

ドビュッシーやラヴェルの影に隠れてしまった多くの音楽家たちについて詳しい。おおよそ時間軸に沿ったトピックスを章立てして冒頭に関連の深い写真を掲載している。「使徒行伝」と題された章はスコラ・カントルムにあてられ、その章扉に選ばれた写真は興味深い。



うろ覚えながら、この写真はスコラ・カントルム最初の卒業生の写真と記憶している。中央に座っているのがスコラの校長で厳格なヴァンサン・ダンディで、教え子たちはきちんと並んでいる。その状態をエスプリに富んだ説明をしている。

風刺画(前章)の次は、学級写真を見てみよう。ここに写るのは完全なるシンメトリーである。フランクに続くフランキズムは、堅苦しくて規律正しく、幻覚で清教徒的な風采を帯びていたが、それを体現しているのが中心に座る人物、大司祭のヴァンサン・ダンディである。(p47)

この写真のなかで、シンメトリーを崩している人物がいる。一人横を向いているセヴラックである。

写真の中で、デオダ・ド・セヴラックはシンメトリーを崩している。秩序を乱しているのだ。カメラをじっと見つめるかわりに、右横顔を向け、別のところを眺めている。彼の短い生涯のうち七年間を過ごすことになったこのスコラからはもうはるか遠いところにいる。(p52)

その後は既に知っていることが書かれているが、少ないスペースのなかで簡潔に記述されている。

シャブリエとユイスマンスは共に内務省に勤め、机が向いあわせだったのは、この本で初めて知った興味深いことだった。

ドビュッシーやラヴェル以外にも素晴らしい音楽家がこの時代大勢いたことを本書では伝えようとし、巻末にそれらマイナーな作曲家のミニ辞典(いまだ日の目を見ぬ作曲家たち)がついている。限られた紙面のせいか、セヴラックはここに登場しているがシャブリエとボルドは登場していない(その代わり『夾竹桃のもとで』に登場する)。ラヴェルをさしおいてローマ賞を受賞したエメ・キュンクは再評価され始めているのに本文にも登場していない。それでも、この時代の音楽家を知るにはちょうどよい本である。

もう一冊もタイトルは『ベル・エポックの音楽』であるが、先の本と違いフォンフロワド修道院という小さくも大きな限定がついている。



Mario d’Angelo
La musique a la Belle Epoque
Le Manuscrit Recherche-Univers, 2013

この修道院は過去の記事に書いたような歴史があり、ファイエによる復興の直前から1914年まで、1910年のヴァカンス(エリオガバル初演もこの間にあった)を中心に、壁画を制作していたルドン、セヴラックやビニェスについて多く割かれている。フランス語なのでまだ詳しく読んでいないが、とても興味深い。

ブレンダン関連本

designing the Secret of Kells
Tomm Moore & Ross Stewart
Cartoon Saloon, Ireland, 2014.

映画公開(2009年)後の2014年に出版された、アニメの原画/設定資料をもとにしたデザイン本。これまでもストーリーブックのようなものが出版されていたが、この本については最近まで出版されていたことを知らずにいた。Amazon(JP)で新刊本はなく(当時、今は出ているが高い)古書で出ていたものも価格はかなり高く、洋書店を通じて入手することにした。アイルランドに在庫があることがわかり直接取り寄せ、途中夏休みが入ったので1.5ヶ月ほどかかった。価格はAmazonよりかなり安かった。


表紙


太古のヨーロッパの森に建てられた修道院はきっとこんな感じ

アニメのプロジェクトが開始したのは1999年、日本の商業アニメと違ってたっぷり10年の時間をかけて制作された。


キャラクターは『ケルズの書』をもとにデザインされた

ジブリやディズニーなど大作アニメと同じく、いったん設定されていたものが削除や変更されてしまって目にすることがなくなった部分も多い。膨大な量のデザインから制作されたことがわかる。最初の頃はかなりヨーロッパのコミック調だったようである。

初期(1999年)のイメージ

特にこのアニメでは『ケルズの書』のXρページ(最後に登場)を再び描き、しかも動かさなければならないからその部分だけでもかなりの労力がかかっている。最終的にアニメ作品が素晴らしいのは、観る者にとってそういった裏の苦労が感じられないところにある。

おまけ

ふくろうを買うともれなく陶製のメダルがついてくる(初回のみ)。古代ギリシアの銀貨からとられたデザインであるが、ちょっとした秘密がある。


メダル


ギリシアの銀貨、ふくろう違い、グリプトテーク

全体が白っぽいので、反射光ではコントラストが低くてよくわからないが、透過光でみると、はっきりみえる。


透過光

リトファン(薄胎磁器)というのだそうで、19世紀初めに陶板肖像画としてパリでつくられた。磁器の半透過する性質を利用してろうそくのスクリーンとして利用されたという(以上ヘレンド展図録2000年から)。家にも陶板肖像画があったので試したところ、セピア色の肖像画が浮かび上がった。


リトファン、ザクセン・フラワー


透過光

ふくろうは夜の鳥なので、闇に浮かぶ姿にリトファンは合っているように思える。

ブックレット

ふくろうシリーズは商品本体だけでなく、附属のブックレットがとても充実している。ふくろうの棲むサン・ピエール教会はモニュメントでない素晴らしい(というか印象に強く残る)彫刻が数多くあり、ブックレットにも一部が登場している。


表紙

「東方の驚異」で説明されたページ、柱頭彫刻の写真があり、どれも個性的。


 南扉口は洗浄されていた


ムーア人のようなデカ顔


ぞうといったらババール


ジョグラール


ライオン?と悪魔

教会と彫刻の解説は金沢さんだった。この教会に関して最も相応しい人である。

署名

オールネィのサン・ピエール教会アプシスの主軸にある窓は彩飾写本のように装飾で囲まれている。


サン・ピエール教会の窓

興味深いのは下のフリーズで、上半身が人、下半身が蛇の怪物が絡み合うように装飾されている。この姿で最も有名なのはゲーテの短編の主人公にもなっているメリュジーヌ。サン・ピエール教会が建つ一帯はメリュジーヌ伝説が伝えられていた所で、15世紀のクードレッドの物語にも「メリュジーヌはポアトゥー地方に数多くの教会を建てた」と記されているくらいである。モデルはおそらくアリエノール・ダキテーヌ、このフリーズはメリュジーヌの署名なのかもしれない。


クードレッド、メリュジーヌ物語、15c.

サン・ジャックの道

2012年からフランスで発行されたサンチャゴ巡礼路切手シリーズ「サン・ジャック・ド・コンポステッレの道」は、4つの道からそれぞれ一つずつ教会がとりあげられていた。昨年については既に紹介したが、第2年目の「トゥールの道」(Via Turonensis)からはオールネィが選ばれた。入手できたドキュマン(公式解説書)の表紙はサン・ピエール教会西正面が描かれている。


ドキュマン表紙


だいたい同じ位置から撮影することになる


ゴシックの塔が写らないようにすると、ロマネスク時代のイメージに近づく

ドキュマンには小型シートが貼られている。オールネィは東側からみた聖堂がデザインされ、南扉口も少しだけ見えている。他はコンク、サン・ジル・デュ・ガール、ヌィイーの教会。




思考停止


いしいひさいち、「現代思想の遭難者たち」から

私自身のやり方は、彼の哲学を読んでいる間は彼の生涯についてはカッコに入れ、私自身の政治的地平をテクストの政治的地平と融合させることである。

ダレン・ラングドリッジ、田中彰吾他訳、現象学的心理学への招待


オールネーのふくろう

中へ入らずに南の扉口へまわるのは理由がある。ロマネスクで最も有名な扉口の一つがそこにある。モワサックやヴェズレーのようなティンパヌムの群像彫刻はここにないが、最もロマネスクらしい世界であった。


CD-ROM Aulnayから

4層のヴシュールのうち、特に最外の層に棲む様々な生き物たちはいつまでも見ていて飽きず、まさに「日がな一日眺めたくなる」浮彫彫刻だった。


南の扉口

個性的な住人たちのうちでよく知られているのが、なぜか31人いる長老でもアトラスでもなく、一羽のふくろう、扉口の中央やや左寄りにいる。


中央にふくろう、右端にはキュクロプスがいる

このふくろうをみたのがユーロになる前の1999年、それから17年後にオールネィのふくろうが家に来るとは思ってもいなかった。

洋梨柄が多いことで重宝しているヘレンドが12年前から「世界のふくろう」というシリーズを年1回出していて、今年は3クール目に入り「ロマネスクのふくろう」をテーマにしている。この時代の柱頭彫刻やモディリオンにしばしばふくろうが登場する。昨年はヴェズレーだったが今年はオールネーになった。早速お店で選ぶがハンドペイントなので少しずつ違う。選択の基準は「実際みた浮彫に最も雰囲気が近い」こと、5羽の中から晴れて選ばれたのが下のふくろうだった。


オールネーのふくろう


扉口から抜け出た?



羽根の塗り分けが細かい

ヘレンドらしいアレンジが加えられているが浮彫の雰囲気を失っていない。特に浮彫では表現できない後ろ姿がとてもよい。


浮彫にはない後ろ姿

オールネィのサン・ピエール教会

ポアトゥー・サントンジュ地方には夥しいといってもよいくらい多くのロマネスク聖堂があり、その中でもオールネィのサン・ピエール教会はまず行ってみたい教会の筆頭にあがる。

実現したのはユーロに切り替わる前、二オールを拠点にこのあたりの教会をまわる、予定なき予定だった。初日はロンサールゆかりのシュルジェール、翌日はポアチエで一日過ごし、その次の日から2日間をオールネィだけに費やした。


Zodiaque風

二オールからタクシーを使って30分くらい、ということは北からのアプローチになる。かつての巡礼路を、ブートンヌ川に沿っていくつかの小さな聖堂を通り過ぎ、麦畑以外何もない平地を進むとサン・ピエール教会の塔がみえてきた。着いたときは雨上がり、教会の敷地に入ってもだれもいず、滞在していた間に数組の観光客がやってきてはすぐに去っていった。

典型的な墓地教会で、糸杉と墓石に囲まれている。西側は前庭となり(そこも墓石がたくさんある)、この地方独特の十字架が建っている。

ホザナ十字架

三角形の石造りの何かがある。墓碑にはみえず正体が何かわからない。西からぐるりと回り、アプシス側へと出るとそこも墓碑。


糸杉が墓地にいることを実感させる

周囲をみてまわり、いよいよ扉口へ(まだ中には入らない)。

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