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  • 2019.06.28 Friday
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クラヴサン


オート=ガロンヌ県はトゥルーズが中心都市、東端にサン・フェリックスがあり、西端にはサン・ベルトラン・ド・コマンジュがある。初めてこの地方を訪れたときには、ローラゲ地方とコマンジュ地方が同じ県だったとは全く気がついていなかった。


コマンジュ音楽祭の主会場だったノートル・ダム大聖堂で、「バッハの命日」にミシェル・シャピュイのオルガン演奏を聴いたことは以前にも書いたが、チケットを売っていたスペースには過去のコマンジュ音楽祭の演奏を収録したCDも販売していた。そのときに買ったのが、バッハのクラヴサンとヴァイオリンのソナタ(BWV1014, 1016, 1019)で、演奏はジャン=ピエール・ヴァレーズのヴァイオリンとジャン=パトリス・ブロスのクラヴサンだった。


ヴァレーズはオーケストラ・アンサンブル金沢との共演(プリンシパル・ゲスト/コンダクターだった)をはじめ、何度も来日しているが、このときは全く知らなかった。一方のブロスは長らくコマンジュ音楽祭の監督をしているが、日本ではあまり知られていないように思う。


CDはコマンジュ音楽祭自主製作で大聖堂でしか売っていないが、録音そのものは全6曲でAccordから発売されている(現在廃盤)。大聖堂で1976年の録音、完全なアナログ時代であるが、日本に帰ってから聴いてみて演奏と音の素晴らしさにとても驚いた。



その後、閉店する前のhmv池袋店で、同じ音楽祭で演奏された『アガタンジュのミサ』の録音を見つけ、ここでもオルガンとクラヴサンをブロスがやはり素晴らしい演奏をしていたので、しっかりと演奏者がインプットされた。



つい先日、近所の図書館でブロスが演奏するオルガンCDを見つけた。とても珍しいことに国内で発売されたCD(JVC)で解説は日本語、使用楽器については記載はないが別資料から大聖堂のオルガンで演奏している。



さらに最近になり見つけたのが『フーガの技法』のクラヴサン演奏、演奏者がブロスだったので即購入した。



先日の『フーガの技法』(1度の平行カノンつき)はコマンジュ音楽祭の録音であったが、今度は音楽祭の監督による演奏、ということで最近かなりサン・ベルトラン・ド・コマンジュづいている。



渦巻の音


先日の人類史的な渦は視覚的な装飾文様であったが、音楽にも渦巻があった。バッハの Das Wohltemperierte Clavier(不本意にも『平均律クラヴィーア曲集』という名前で知られてしまっている)自筆譜の表紙に渦巻が描かれた。最近、この渦巻をめぐって論争が起こっている。


タイトルと渦巻


1999年に調律法を表わしているのではないかと指摘され、2005年にアメリカのチェンバロ奏者ブラッドリー・レーマンが具体的にどのように表現されたかを示した(詳細は藤枝守、響きの考古学、106ページ以下)。この画期的な説によりクローズアップされた渦巻きについて、フランスのクラヴサン製作家エミール・ジョバンが同じ発想で出発しながらレーマンとは全く異なる説を出した(日本語に訳されている)。


図形で方法を覚えておけば、効率よく調律でき、バッハがチェンバロの調律を15分で終わらせた、という驚異的な早さもそれで納得できるというのである。


同じ表紙のいちばん下にはもう一つの渦がある。



バッハのことだから、こちらのほうも何かメッセージがあるように思える。



Opus 111 - Nr. 32


フォルテピアノの演奏を聴いてみて、最後のソナタは当時の楽器では表現しきれないように感じられた。



ヨーロッパ各地のピアノ製作家から最新のピアノを提供されていたが、表現したいことに対する性能のギャップを常に不満に思っていたという。もしかしたら、作曲家が望んでいるような楽器はまだ現われていないのかもしれない。


オルガンの細部


サン・ベルトラン・ド・コマンジュの大聖堂にあるオルガンの外観上の特徴は、柱で支えたステージの上にあること、他聖堂のオルガンと違って本体が直角になっていることである。ステージの裏側(こちらからみると天井のようにみえる)は寄木のような細工がされている。


壁と柱で支えられている本体、奏者は右側から上っていく


ステージ裏の寄木細工


演奏者席


全体に神話や神学的テーマの浮彫が施されている。一見してルネサンス様式であるが、フィレンツェやヴェネツィアのような軽さや優雅さはなく、個性的な地方の中世色濃いルネサンスである。





『フーガの技法』 BWV 1080 一度の平行カノンつき


最初に聴いた『フーガの技法』はヴァルヒャの録音(LP)、ちょうどその頃ベーレンライターの楽譜が音友から出たので、それを見ながらだった。実演はリオネル・ロッグが池袋でオルガンを弾いたとき、アランの演奏はチケット紛失のため聴けず、いずれもかなり前のことになる。


先日入手したコマンジュ音楽祭の『フーガの技法』はフランスの有名な音楽学者ジャック・シャイエ(『音楽分析』、『魔笛ー秘教オペラ』などの邦訳がある)により再構成された配列に従い、演奏者パスカル・ヴィニュロンが楽器指定した版により演奏している。各楽曲を構造の対称性を重視して配置し、聴いてすぐわかる特徴に、4声のフーガの変形型(通常 Contrapunctus II とされる)から始められていて、少し驚く。



楽器編成は金管アンサンブル、木管楽器及びオルガンで基本フーガは金管のみで演奏する。全ての楽器が演奏するのは未完の三重フーガのみ。コラール『御身の御座の前にわれは進み出で』も最後に収録されている。「2台の」と指定のあるものはオルガンを二人で演奏していた。


CD見開き



管楽器なのでオルガンとの相性はよく、楽器の音色差で対位法的な構造を明確にすると同時に、和声的色彩感をつけている。この会場での音は実際に聴いているので、聖堂内部(トマスキルヒェに似たところがある)で反響する音響も取り入れることを考慮した録音を目指したことがよくわかる。



三重フーガはヴァルヒャの演奏のような峻厳さやドイツ人の演奏によくある悲壮感はない。もっと穏やかにオルガンの単独で始まり、次第に楽器が加わり厚みを増していく。管楽器の演奏が入ることで、フーガも「歌」であることに気付かされる。


最後のコラールが終わると絶妙なタイミングで大聖堂の鐘の音が入っていた。



サン・ベルトラン・ド・コマンジュのオルガン


サン・ベルトラン・ド・コマンジュはサン・フェリックス・ローラゲと同じオート・ガロンヌ県にある。ここの小高い丘はローマ時代の都市があり、円形競技場があったことも発掘から明らかになっている。ユダヤ総督ピラトがここに左遷されたという伝承もあるが、このような場所は先史時代から人が住んでいたように思われる。


丘の上には教皇クレメンス5世がコマンジュ司教時代に建てさせた大聖堂があり、廻廊と扉口はロマネスク、聖堂は北フランスとかなり異なったゴシック様式。1960年代から大聖堂を中心に音楽祭が開かれていて、バッハの命日に聴く機会があった。


この日のプログラムは大聖堂のオルガンと声楽のコンサートで、演奏はミシェル・シャピュイと弟子、『マタイ受難曲』や『メサイア』からアリアやオルガン独奏曲が演奏された。途中、シャピュイ自身から大聖堂のオルガンについて説明が入る。


オルガンはジャン・ド・モーレオン司教時代(1550年頃)に聖歌隊席と共に建造された。木製の箱はオリジナル、パイプのほとんどは1974年〜の修復時のものである。


聖歌隊席とオルガン


オルガン


本体は中空にあり、下から柱で支えられている。これまで見た・聴いたことのあるオルガンのほとんどはバロックより後の製作なので、地方色豊かなルネサンス装飾はとても珍しく新鮮だった。面白いのは演奏や音とは直接関係なさそうなギミックが仕掛けられている(説明のときにシャピュイがその一つを実際に動かした)。


下側の装飾は見ていて飽きない


オルガンはコマンジュ音楽祭の主役で、もともとオルガン楽友協会が始めたものだった。この日のコンサートでは、独唱者はジュベの上、客席はオルガンと独唱に挟まれる位置にあった。大聖堂は単身廊で北方のハレンキルヒェ(例えばライプチヒのトマス教会、但しギャラリーはない)に近い内部空間、声はよく通り、前時代の聖堂のような減衰の仕方をする。



2012年の音楽祭から


オルガンも北方とも、この後聴くことになったカヴァイエ=コルのものとも違い、木がたくさん使われているためか鋭すぎずやわらかく響く。



象さんの子守歌


しかし、『アダージョ』は最後の演奏とはならなかった。


僕はなんとかもう一度力を振りしぼって、僕の音楽のメッセージを遺したいんだ。もうすぐ一歳になる孫が、こんなになっても僕のピアノを一生懸命聴いてくれるんだよ。それに有機を授けられたのかな、四歳くらいの子供の心を音楽が慰めてくれる、そんなCDを一枚自宅のピアノで録りたいんだ。

一枚のディスクに 37ページ、井阪紘、春秋社、2006年


こうして、モーツァルト5歳の作品(K1)、バッハ、シューベルト、シューマン、ドビュッシーの小品が録音された。日付は3月23、30日。それから1ヶ月たたない4月22日に亡くなった。



前後の事情から感じられるような悲壮感は全くなく、無心に遊んでいるかのような演奏だった。


ディアベッリでワルツを踊ると


いきなり軍隊のような行進を強いられた。


33 Veränderungen für Klavier über einen Walzer von Anton Diabelli



この変奏曲が作曲されたいきさつはよく知られている。信頼性ほぼゼロのシンドラーによれば『ミサ・ソレムニス』や『第9交響曲』に取り掛かっている間に「バラ色の気分で」(息抜き?)書かれたというが、この作品に関しては後述のようにそんな気がする。


ピアニストにとっては、生涯のなかの挑戦でもある。


≪ディアベッリ変奏曲≫は一部の例外を除けば、独奏ピアノの曲としては、長さはもちろん、その深さにおいても最大規模の作品です。


途中、休憩もなく57〜58分演奏し続けなくてはいけない長大な曲ですが、その深さや音楽的な密度についても特別な作品です。以前からこれを弾かないまま死んでしまうのは嫌だと思っていました。ただ、恐ろしく複雑怪奇な曲だけに弾くにあたっては極めて高い集中の密度が求められるため、70歳を過ぎてから新たに勉強するのは難しいと考え、一昨年から演奏会で取り上げています。

必聴!内田光子 心技体そろった今だからこそ≪ディアベッリ変奏曲≫、2015年10月15日付毎日新聞


この作品を実際聴いたのは2度、ポリーニとウゴルスキのリサイタルだった。ポリーニがCDを出すずっと前で、『ハンマークラフィーア』は素晴らしい演奏だったのに、このときはずっと格闘している感じ、全曲弾き終わると放心状態で、せっかく女の子が舞台下から花束を差し出しているのに全く気がつくことがなかった。ウゴルスキは既にCDが発売され、2度目の来日だったと思うが、小柄な体なのに余裕で弾いたうえアンコールまで演奏したから対照的だった。


最近になって聴いているのは井上直幸さんの演奏。井上さんのピアノを最初に聴いたのは『ドイツロマン派のピアノ曲』のCDだった。長い間教育に携わり演奏家活動を再開した直後2000年の録音、澄みきった音に暖かさが宿る演奏である。『ディアベッリ変奏曲』を録音するまで、集中的に多くの録音をしている。



ベートーヴェン、シューベルト:ピアノ・ソナタ 1999年9/ 14-15 Wien

ドイツ・ロマン派のピアノ音楽 2000年6/ 26 - 27 Chiesa di St.Abbondo, Gentilino, Switzerland

バッハ─ベルク─武満 2000年12 Wien

ベートーヴェン:ディアベリ変奏曲 2001年2/ 21-22 Wien


たいへんなペースで今から思うと、既に死期を悟り『ディアベッリ変奏曲』は最後の録音として遺すつもりだったのではないかと思う。演奏はそれにも関わらず、悲壮感は全くなく「バラ色の気分」を他のピアニストの演奏よりも感じた。


けれどもこのCDで告別を意識していたことは、最後のメヌエットをまるで終わらぬように弾いた演奏と、この変奏のあと、最後に収録された作品を聴いてわかった。最後の演奏はモーツァルト最晩年の『アダージョ』、もとは『グラスハーモニカのためのアダージョとロンド』(K617)の初演時に、演奏者のためアンコールをと用意した作品(K356またはK617a)で、一音一音惜しむかのようにゆっくり弾く。『ディアベッリ変奏曲』は大地から天へ向う呼びかけであり、『アダージョ』はそれに応えるかのように、天上から語りかけている。




マインツ大聖堂のオルガン


Kaiserdom(皇帝大聖堂、または帝国大聖堂)の一つ、マインツのザンクト・マルティン司教座教会堂は基本的にロマネスク様式(一部オットー朝時代の壁面とゴシック以降の改築が加わっている)で、二重内陣型の大建築である。


1928-1965年に建造されたオルガンは8000本近いパイプを備えた巨大な楽器で(世界最大ではない)、内陣が東西に対極する空間を生かしたサラウンドな配置がされている。このように配置された例は少ないと思える。下の図でゴーデハルト礼拝堂(上の建物)以外は一つのコンソール(手鍵盤×6+ペダル×1、南トランセプトギャラリーに設置、最近では2台のテレビモニターが追加されている)で演奏される。



大聖堂内のパイプ配置(赤色で示されている)


東アプシスのパイプ


以前、この聖堂で買ったCD、Bläser- und Orgelmusik aus dem Hohen Dom zu Mainz では、この大オルガンによるパーセルから現代作曲家までの様々な作品を聴くことができる。中に、スコラ・カントルムでセヴラックにオルガンを教えていたアレクサンドル・ギルマンの作品(オリジナルはテノール・トロンボーンとピアノのための作品)も含まれている。



トロンボーンのソロとオルガンのアンサンブルはこれまで聴いたことはなかったが、オルガンの音響と協和している。もともとトロンボーンは典礼の楽器とされていた。このため、『ドン・ジョヴァンニ』の最後でトロンボーンが登場したのは革命的と思われたくらいである。録音はおそらく身廊で、空間の音が多めに取り入れられ、聖堂の雰囲気がよく出ている。よい装置であれば、前後左右のパイプによる音が体験できるかもしれない。



L’art de la fugue


取り寄せのCDが到着。

できれば店頭で見つけて購入したいと思うけれど、メジャーなものしかおいてないので、どうしてもAmazonに頼るしかない。



CDのカヴァー写真はこの場所から。糸杉の高さが同じくらいなので、同じ時期に写したものかもしれない。演奏は背後のカテドラルのほう。どんな演奏かとても楽しみ。




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